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ユーザーフレンドリーなデボーション記事

  • 忍耐力を成長させる(パート1)

    Growing in Perseverance—Part 1
    June 1, 2026

    マリア・フォンテーン

    オーディオ所要時間: 11:59
    オーディオ・ダウンロード(英語) (10.9MB)

    少し前にある人が、他の人たちを助けるためにチームで行っている活動を遂行する上で直面した、かなりトラウマになりそうな体験について話してくれました。私はそれを聞いて、イエスに従う私たちの人生において、忍耐がいかに重要であるかを考えさせられました。

    私たちは、主が示してくださることに対して信仰を持たなければなりません。主が送ってくださる所に行き、主が私たちにとどまることを望んでいる場所にとどまっているには、主に従う忍耐が必要です。主に道を導いていただくには、信頼を要します。人生にどんな困難が訪れようとも、そういった時こそ、忍耐の訓練場であることが多いのです。なぜなら、イエスが言われたように、「小事に忠実な人は、大事にも忠実である」からです(ルカ16:10)。

    この人生においてどんな未来が待ち構えているのかを知っている人は、一人もいませんが、どんな形で聞こえてくるものであれ、主の声に従い、信仰を持って忍耐し続ける必要があります。私だったら耐えられるかどうか分からないような、忍耐力や信仰が極限まで試される状況に直面しても、それに耐え続けている人がいます。しかし、どんな困難に直面したとしても、解決策は同じなのです。イエスに目を向け、御心を求め、何であれイエスが示してくださることを忠実に実行することです。

    イエスは、私たちがイエスにしがみつくなら、忍耐するために必要なものを与えると約束されています。冒頭で紹介した人のように、私たちの多くが想像もできないようなトラウマや苦痛、苦悩に直面している人たちを救い、ケアしながら、かなり悲惨な状況下で活動している人がいます。そのように他の人を助ける人たちにとっても、トラウマになりかねないことがあるし、時には相手の苦悩によって心が引き裂かれることもあります。それでも、彼らは戦い続け、与え続け、たゆまず活動を続けるのです。

    ある人々が耐えている計り知れない喪失感や苦悩を、他の人が完全に把握することはできません。しかし、神を愛する者が、どんなことが起こっても神にすがることができるのは、信仰から生まれる忍耐力のおかげだと、私は信じています。

    どんな苦境に直面しても、必ず通用する原則があるように思えます。ですから、私がこれから挙げようとしている例は、ある人たちが直面しているはなはだしい試練に比べれば小さなことに思えるかもしれませんが、原則は同じです。違うのは、その苦境の困難さの度合いと、それを乗り越えるための忍耐力の高さです。忍耐の成長における一歩一歩が、次の戦いとその結果としての勝利に備えます。私が話していることの一例を挙げると、エドガー・ゲストの『Don’t Quit!(諦めないで)』という詩があります。この詩に表現された考え方は、私たちが直面するどんな困難にも適用できることでしょう。

    物事が悪い方向に行く時(時々そうなるものだよ)
    重い足取りで歩いている道が、ずっと上り坂に見える時
    手持ちのお金は少なく、借金がふくらむ時
    笑顔でいたいのに、ため息をついてしまう時
    心配事がのしかかり、落ち込む時
    必要なら休もう、でも、諦めてはならない

    成功は失敗が裏返ったもの
    疑いの雲の端に輝く銀色の光
    どれだけ成功に近いのかは分からない
    遠く見える時、実は近いのかもしれない
    だから、強烈な一撃を食らっても、戦い続けなさい
    そういう時にこそ、諦めてはならないのだ

    ある人が、忍耐することの大切さと価値について理解するようになったという、分かりやすい話を見つけました。私たちも、神が私たちに求めておられると信じていることに、この原則を適用することができます。

    ある男性が、街角でトラクト配布をしましたが、数ヶ月経っても結果が出なかったので、諦めて、ビジネスに人生を捧げることにしました。その数年後、彼は同じ街角を通りかかり、トラクトを配っている若者を見かけました。

    「彼は、自分のやっていることで誰かに変化が起こると思っているんだな。そんな努力は無駄だと気づくのに、どれくらいかかるのだろう。」

    興味が湧いたので、彼はその青年に話しかけてみました。「あなたのやっていることは立派だと思いますが、一つ知りたいことがあります。なぜ、この特定の場所でトラクトを配っているのですか。」

    「実は、何年か前に、この場所でトラクトを配っている人がいて、私にも1枚くれたんです。すぐにではなかったのですが、ある日、それを読んでみた後、イエスを救い主として受け入れました。そして、イエスが人生を変えてくださったんです。その人がくれたトラクトを、あなたも読んでみませんか。」

    彼は、その青年から、かつて自分が多くの人に配っていたトラクトを手渡されました。自分の努力が誰かの人生を変えるとは思いもせずに配っていた、あのトラクトを。

    考えさせられる話です。もし、1人の人生が変えられたなら、他に何人の人がその小さなトラクトを通して主を受け入れたことでしょう。

    イエスが示してくださったことをする上での忍耐は、祈りの生活、仕事やミニストリーを忠実に行うこと、誰かの世話をすること、平凡に見えたり犠牲が伴ったりする仕事、かなり諦めたくなるほどの困難にも表れます。イエスのために生きる上で忍耐を示すことは、神への無条件の信仰と信頼を宣言することです。そして、忍耐し続けることで、私たちは自分の周りの世界を変えることができ、そうやって世界を変えることができるのです。

    忍耐してやり抜く上での代価について、あるメンバーと話し合っていた時、彼はある詩を引用してくれたのですが、それを通して、主が私に語りかけておられるように感じました。主には不可能がなく、私たちが忍耐を続けられるように助けることもできるということを、再認識させてくれたのです。面白いことに、この詩もまた、エドガー・ゲストの作でした。私はこの詩で励まされたので、皆さんにも紹介したいと思います。

    誰かが「そんなことはできっこない」と言うと
    彼は含み笑いでこう答えた
    「そうかもね」、彼はそう言いつつも
    自分がやってみるまで断言はしない人
    かすかに笑みを浮かべて、事にあたった
    心配するそぶりは見せずに
    歌いながら、できっこないことに取りかかった
    そして、やり遂げたのだ

    嘲笑する人がいた、「ああ、絶対にできないよ
    少なくとも、誰もやったことがないんだから」
    でも、彼は上着を脱ぎ、帽子をとって
    あっという間に、それをやり始めた
    顎を上げ、わずかに笑い
    疑うことも、言い訳することもなく
    歌いながら、できっこないことに取りかかった
    そして、やり遂げたのだ

    できっこないという人は何千人もいる
    失敗を予言する人は何千人もいる
    あなたを待ち構える危険について
    一つ一つ指摘してくる人は何千人もいる
    でも、少し笑みを浮かべて、事にあたろう
    上着を脱いで、やってみよう
    歌いながら、できっこないことに取り掛かるんだ
    そうすれば、やり遂げられるから

    私が話していた人は、何年も前に、主のために進み続けることもできないような状況に直面した時、この詩に出会ったと説明してくれました。それはまさに、彼が気付かされる必要のあることだったと。彼はその詩を暗記し、それが、困難な時を忍耐して切り抜けるのを助けてくれたそうです。

    イエスは、あらゆるものを用いて、私たちが人生でどんなことに遭遇しても、忍耐強く乗り越えるのを助けてくださいます。言うまでもなく、神の約束こそが、私たちが立っているべき究極の土台です。しかし、主は他にも、戦い続けることを思い出させ、そうするよう励まし、動機付けるさまざまなものを使われるのです。

    主が私たちに求めておられることを忍耐強く行えるようにしてくれる重要な心の持ち方の1つが感謝です。非常に困難な状況下では、感謝の力を見失いがちになります。しかし、実際のところ、もし神がこれ以上賜物や祝福を与えてくださらなかったとしても、私たちは神にお返ししようとしてもできないほどに恩を感じていることでしょう。それが、純然たる事実です。

    たとえ今、私たちがどんなことに直面しているのであれ、忍耐して神に従うべき理由は数え切れないほどあります。私たちには、どんな時にも愛情深い腕の中に私たちを留めておくことを喜ばれる、完璧な神がおられます。私たちが最も必要とするものを与えてくださるし、その赦しとあわれみは、とこしえからとこしえに続きます。

    現在の状況は希望がなく、絶望的に見えるかもしれませんが、それでも事実が変わることはありません。疑いそうになったら、その誘惑と戦わなければならないのですが、そのような時には、信仰と忍耐の助けによって、諦めないで頑張ることができます。

    忍耐の力については、聖書にある数多くの話を始め、さまざまな証言や物語、本、映画などに、良い例が見られます。多くの場合、そこに描かれているのは、状況や不正によってもたらされた、敗北が確定しているような、どうしようもないほどの難局です。そのように劇的な状況においては、神の人、あるいはヒーローやヒロインが、状況に圧倒され、煙や混乱、廃墟などに姿を消していきます。

    すると、私たちにはすべてが失われたように見え、心が沈んで絶望しそうになります。なぜなら、そのような事態を切り抜けられる人がいるのか、想像もつかないからです。しかし、煙と廃墟の中から、垣間見えるものがあります。希望の光が見え始めるのです。そして、もくもくと立ち上がる煙の中から、ボロボロで血だらけになった勝者が現れ、絶対に諦めまいと、戦い続けるのです。

    それは、忍耐力がどんなものかをよく表しています。そのような例は、多くの人を鼓舞すると思います。なぜなら、イエスが私たちの心に植えてくださった真理の種は、私たちがイエスにしがみつき、忍耐強く戦い続けるなら、私たちの内にある主の力が状況を乗り越えていくのだと気づかせてくれるからです。

    人は、信仰という名の偉大で圧倒的な資質を持っていなければならない、と感じることもあるかもしれません。この「信仰とは何か」という主題については、別の記事でさらに掘り下げていこうと思いますが、要するに、神への信仰とは、ただ神があなたに対して抱いておられる愛を信じ、信頼することです。

    私たちの信仰は、ここで私が定義したように、たとえ、成功していないようであっても、また、今すぐに目に見え、測定できるような進歩を遂げていないようであっても、イエスのための奉仕を忍耐強く続けるために必要なものです。たった今ここで、最後までやり遂げるべきだと主が明言されるのであれば、私たちはやり続けることができるということです。私たちは長い間(あるいは次の世まで)、忍耐によって何が成し遂げられたのか分からないかもしれません。だからこそ、聖書には、「わたしたちは、見えるものによらないで、信仰によって歩いているのである」と書かれているのです(2コリント5:7)。

    戦いのさなかにある時、私たちが信仰によって進み続けるのを主は望んでおられるということを、もう二度と聞きたくないと感じることもあるでしょう。私たちは皆人間であり、進み続けるのが苦しく感じる時があるものです。時には、しばらく絶望に沈んでしまうことさえあるかもしれませんが、そのような状態に陥った時の答とは、もう一度起き上がることです。「七転び八起き」という日本のことわざのように。

    初版は2023年3月 2026年6月に改訂・再版 朗読:レノア・ウェルシュ

  • 6月 16 あなたの人生のタペストリー
  • 6月 12 思考はなぜ大切なのか
  • 6月 8 聖書の存在意義
  • 6月 4 弟子の足を洗う
  • 5月 31 ストレスを乗り越える
  • 5月 27 礼儀正しくあることの大切さ
  • 5月 23 金を借りた二人の人のたとえ
  • 5月 19 信仰とは何か
  • 5月 15 試練の時に勝利を収める
   

ディレクターズ・コーナー

信仰を築く記事と聖書研究

  • すべての美徳の実践

    [Practicing All the Virtues]

    December 10, 2024

    本シリーズを締めくくるにあたり、ガラテヤ5章22–23節に挙げられている9つの美徳――愛、喜び、平安(平和)、忍耐(寛容)、親切(慈愛)、善意、誠実(忠実)、優しさ(柔和)、自制――を、私たちの生活の中でどのように育み、実践していくといいのかを考えるのは、有意義なことだと思いました。

    これらの美徳を育むうえで重要な要素の一つは、主との関係です。主を愛するがゆえに、私たちは主との深い関係を築きたいと願い、その関係を強めるために時間と労力を注ぎます。そして、それには、御言葉を読むこと、祈りを通して主と交わること、イエスが示してくださった模範に従うことが含まれます。

    神が私たち一人ひとりを個人的に愛しておられることを理解すると、神が他の人々をもご自身との関係に招き入れたいと願っておられることに気づくようになります。まだ神を知らない人たちに対しても、神が揺るぎない愛を抱いておられることに気づくとき、私たちは人々に、彼らを深く愛し、彼らの人生の一部になりたいと願っている方がいることを、最善を尽くして知らせたいという思いに駆られます。全人類に対する神の愛のメッセージを伝えることが私たちの使命となり、キリストに似た者へと成長することに情熱を注ぐようになるのです。

    キリストへの愛は、私たちの心と魂と思いと力を尽くして熱心に主を愛し、主との親しい関係を育むよう私たちを駆り立てます。この愛は、イエスに似た者となり、主の性質にならい、神の愛を他の人たちに伝えようと努力することを、私たちに迫ります。それは、彼らもまた主を知るようになるためなのです。[1]

    イエスに従う者として、私たちの目標の一つは、キリストに倣うことです。私たちは主の性質と属性を身につけたいと願うし、主との関係が深まるにつれ、御霊の実が現れるようになります。私たちは神の御旨にかなった態度を示し、神の御旨にかなった道徳観を持ち、誠実さを保ち、御言葉に生きるようになるのです。イエスにもっと似た者となっていくにつれ、イエスが私たちを通して輝かれます。そしてそのとき、つまり、私たちが主に倣っている姿を他の人々が見るとき、彼らは、神の愛が実践されているのを目にする機会を得るのです。

    キリストの足跡をたどる

    アメリカの偉大な伝道者ドワイト・L・ムーディは、品性について次のような簡潔な言葉を残しています。「品性とは、暗闇の中であなたがどのような人間かということだ。」

    クリスチャンとして、私たちは皆、霊的成熟とキリストに似た者になるという面において、成長したいと願っています。最悪の瞬間の自分や罪を捨て去り、御霊の実である愛、親切、柔和、自制などを示す生き方をし、キリストの助けによって自分がなり得るどんな者にもなりたいのです。

    突き詰めて言えば、私たちはイエスのようになり、イエスが考えられたように考え、イエスが振る舞われたように振る舞いたいと願っています。聖書は、私たちがキリストの足跡をたどるよう励ましています。「神の内に生きていると言う人は、イエスがされたように人生を生きるべきである」(1ヨハネ2:6 英語NLT訳)。もっとも暗く、辛い経験をしているときでも、私たちの品性が他の人々にとって神の真理の証となることを、私たちは願っています。

    高潔な人格を築き上げ、育むことは、本や説教からは学べないし、意志力や努力だけで学べるわけでもありません。自動的に、偶然に、あるいは突然に、起こるものでもありません。また、自分自身の力や決意だけで生み出せるものでもありません。それは、私たちの生活に臨在しておられる聖霊による変革の御業であり、聖霊の実なのです。

    第1ペテロ2章21節には、こうあります。「キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。」 使徒パウロはさらに踏み込んで、神は私たちの信仰を強め、キリストに似た者へと成長させるために、問題や試練さえも用いてくださると記しています。「わたしたちは、問題や試練に遭遇したときにも、喜ぶことができる。なぜなら、そのおかげで忍耐力を養えると知っているからである。そして、忍耐は強い品性を生み出し、品性は救いへの確かな希望を強める」(ローマ5:3–4 英語NLT訳)。—ローナン・キーン [2]

    実を結ばせる神の力

    人生に必要とされる力は、単なる意志力以上のものです。神の力が必要なのです。御霊の実とは、聖霊があなたの内に住まわれるときに、神があなたの人生に与えてくださる資質であり、それは「愛、喜び、平安、忍耐、親切、善意、誠実、優しさ、自制」です(ガラテヤ5:22–23 英語NLT訳)。

    神は、どのようにして、あなたの人生に実を結ばせてくださるのでしょうか。それは、意志力によるのではありません。思い切って、「もっと忍耐強い人間になるぞ!」と言ったところで、そうなれるとは限りません。

    聖霊が内側からその実を育ててくださる必要があります。「もっと忍耐強くなるぞ。もっと愛情深くなるんだ」と言ったとしても、それはユーカリの木にオレンジをくくりつけて、「これはオレンジの木だ」と言うようなものです。そんなふうにはいきません。御霊の実は、内側からしか生まれません。神の御霊があなたを通して生きてくださることによってのみ生まれるのです。

    聖霊はあなたの人生において、どのように働かれるのでしょうか。その答えは、「徐々に」です。「主、すなわち御霊は、わたしたちをますます主と似た者とし、わたしたちは主の栄光のかたちに造り変えられていくのです」(2コリント3:18 英語NLT訳)。—リック・ウォレン [3]

    御霊の実を育む

    御霊の実を育むための最初のステップは、神に身を委ねることです。マタイ16章24–26節で、イエスはこう言われています。「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。」 神に身を委ねるとは、自分の願望や計画を捨て、私たちの人生における神の御心に従うことを意味します。

    御霊の実を育むための第2のステップは、御霊の内を歩むことです。ガラテヤ5章16–17節には、こうあります。「わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい …。」 御霊の内を歩むとは、自分の欲望ではなく、聖霊に導かれる生き方をすることです。

    御霊の実を育むための第3のステップは、キリストにとどまることです。ヨハネ15章4–5節で、イエスはこう言っておられます。「わたしにつながっていなさい[とどまりなさい(新改訳2017)]。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。」 キリストにとどまるとは、祈り、聖書を読むこと、そして礼拝を通して、キリストにつながった状態でいることを意味します。—エリック・ラフィン [4]

    *

    このシリーズにふさわしい省察になると思い、マックス・ルケードの次の記事を紹介します。私たち皆が、御霊のあらゆる賜物において成長し続け、「主の栄光を … 見つつ、栄光から栄光へと」、御霊である「主と同じ姿に変えられていく」[5] ことができますように。

    私は選ぶ

    もうじき一日が始まる。… 一人の穏やかな時間は、人類の慌ただしいペースに取って代わられる。早朝の安らぎの場は、下すべき決断や、守るべき締切に侵されていく。これからの12時間、私はこの日が与える様々な要求にさらされる。私が選択をすべきとき、それは今。ゴルゴタのおかげで、私は自由に選択できる。だから、私は選択をする。

    私は愛を選ぶ。どんな状況であっても、憎しみは正当化されない。どんな不正にあっても、恨みは正当化されない。私は愛を選ぶ。今日、私は神を愛し、神が愛しておられるものを愛する。

    私は喜びを選ぶ。… 私はどんな問題も、神に目を向ける機会としてしか見ないようにする。

    私は平和を選ぶ。赦された者として生きる。生きるために赦す。

    私は忍耐を選ぶ。世の中のやっかいさを気に留めたりしない。… 待ち時間が長すぎると文句を言う代わりに、祈る時間を与えてくださった神に感謝する。新しい任務に拳を握りしめる代わりに、喜びと勇気をもってそれに向き合う。

    私は親切を選ぶ。貧しい人に親切にする。彼らが孤独でいるから。裕福な人に親切にする。彼らが恐れているから。そして不親切な人にも親切にする。なぜなら、神が私にそう接してくださったから。

    私は善意を選ぶ。不正な1ドルを手にするくらいなら、1ドルもなしで済ませる方が良い。自慢するよりは、気づかれないままが良い。人を非難するよりは、自分の非を打ち明ける。私は善意を選ぶ。

    私は誠実を選ぶ。今日、約束を守る。私に貸しがある人に、私を信頼したことを後悔させない。仲間に、私の言葉を疑わせるようなことをしない。妻に、私の愛を疑わせるようなことをしない。そして子どもたちに、父親が家に帰らないのではと心配させるようなことをしない。

    私は優しさを選ぶ。力ずくで勝ち取れるものなど何もない。私は優しくすることを選ぶ。声を上げることがあるなら、それはただ賛美するためであるように。拳を握ることがあるなら、それはただ祈りのときであるように。何かを要求することがあるなら、それはただ自分自身に対してであるように。

    私は自制を選ぶ。私は霊的な存在だ。この体が死んだ後、私の霊は舞い上がる。朽ちゆくものに、永遠を支配させはしない。私は自制を選ぶ。酔うのは喜びだけにする。情熱を注ぐのは信仰だけにする。影響を受けるのは神だけにする。教えを受けるのはキリストからだけにする。私は自制を選ぶ。

    愛、喜び、平和、忍耐、親切、善意、誠実、優しさ、自制。今日一日、これらのことに全力を傾ける。うまくやれたら、感謝を捧げる。しくじったなら、主の恵みを求める。そして、この一日が終わったら、枕に頭をのせて休もう。—マックス・ルケード [6]

    御霊の実を求める祈り

    愛する天のお父さま、

    私は今日、深い感謝と、愛に満ちあふれた心をもって、あなたの御前に進み出ます。ガラテヤ5章で、私たちの歩みを導く御霊の実について思い起こさせてくださったことを感謝します。主よ、あなたの知恵は尊い賜物です。私はあなたの教えに従って生きる者でありたいと願います。

    主よ、どうか私の人生において、これらの実を結ぶことができるようお助けください。これらはあなたの性質を映し出すものだと知っているからです。父よ、私の心を愛で満たしてください。あなたが私を愛してくださったように、私も他の人々を愛することができるようにです。この混乱に満ちた世にあって、私が喜びを広め、平和の源となれますように。人生で出会う人々に示すべき忍耐と親切を、私に授けてください。あなたの恵みの証として、常に善を行うよう努めることができますように。

    主よ、忠実さを授けてください。逆境にあってもあなたの約束を信じ、あなたへの揺るがぬ献身を持ち続けられますように。人を傷つけるのではなく、励まし支えるような優しい霊をお与えください。また、私の願望をあなたの御心に委ね、人生のあらゆる面で自制を働かせることができますように。

    あなたは私たちに、「御霊に歩調を合わせる」よう励ましておられます。あなたの聖なる霊の導きによって、この信仰の旅路を進むことができるよう祈ります。私があなたの道に歩み、あなたの御言葉に従って生き、あなたの力に頼る者となれますように。

    主よ、私は自分の欠点を告白し、あなたが私を赦し、変えてくださるよう求めます。自分のためだけでなく、この世であなたの愛と恵みを映し出す光として輝くために、御霊の実を結ぶ者でありたいと切に願います。アーメン。—リッチ・ビターマン [7]

    思考の糧

    「あなたがたが、わたしから学んだこと、受けたこと、聞いたこと、見たことは、これを実行しなさい。そうすれば、平和の神が、あなたがたと共にいますであろう。」(ピリピ4:9)

    「もし神に、御霊の実において成長するのを助けてくださいと祈るなら、神がそうしてくださることを100%確信できます。神は、ご自分の子どもたちがイエスにもっと似た者となるよう助けることを喜ばれます。ですから、今日、新たな力であなたを満たしてくださるよう、… 御霊の実において成長できるよう、聖霊に求めてください。」 —ラブ・ワース・ファインディング

    「だから、あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容を身に着けなさい。」(コロサイ3:12)

    「私たちは、神に選ばれ、愛され、聖別されることを望んで、聖霊の実を実践しようと努めることがよくありますが、実際にはその逆なのです。私たちが選ばれ、聖なる者とされ、選び分かたれて、今や、イエスが私たちの心に住んでくださるからこそ、私たちは御霊の実を結ぶことができるのです。」 —ケリー・ミンター


    注:
    聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。


    1 2コリント5:14.

    2 Ronan Keane, “The Character Builder” (adapted), Activated, July 2019.

    3 Rick Warren, “Sometimes the Change Is Gradual,” PastorRick.com, February 22, 2024, https://pastorrick.com/sometimes-the-change-is-gradual/.

    4 Errick Ruffin, “The Secret to Cultivating the Fruits of the Spirit: Steps to Develop a Christ-Like Character,” Medium, April 14, 2023, https://medium.com/@littlepreacher68/the-secret-to-cultivating-the-fruits-of-the-spirit-steps-to-develop-a-christ-like-character-a609d745b2ef.

    5 2コリント3:18.

    6 Max Lucado, “It’s a New Day: The Choice is Yours,” https://maxlucado.com/new-day-choice/.

    7 Rich Bitterman, “Fruits of the Spirit Prayer (Galatians 5),” Medium, September 9, 2023, https://medium.com/@richbitterman/fruits-of-the-spirit-prayer-galatians-5-d471e3e2cb2c.

  • 6月 2 他の人を励ます
  • 5月 26 キリストに従う者にとっての美徳: 自制・節制
  • 5月 19 第1コリント:第14章(26–40節)
  • 5月 12 キリストに従う者にとっての美徳: 優しさ・柔和
  • 5月 5 第1コリント:第14章(1–25節)
  • 2月 24 弟子の生き方(パート3): キリストにとどまる
  • 2月 1 第1コリント:第13章(1–13節)
  • 12月 30 第1コリント:第12章(12–30節)
  • 11月 11 第1コリント:第12章(1–11節)
   

信条

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