• 地と、その中に住む者とは主のもの

  • 神のおられるところに愛がある (1ヨハネ4:7-8)

  • 1本のロウソクでも、暗闇では大きな違いを生み出す

  • 将来は神の約束と同じだけ明るい

  • 神の内にある希望が魂の錨

アンカー

ユーザーフレンドリーなデボーション記事

  • 思考はなぜ大切なのか

    Why Thoughts Matter
    April 7, 2026

    引用文集

    オーディオ所要時間: 11:34
    オーディオ・ダウンロード(英語) (10.5MB)

    私たちは、思考が自分自身にどれほど大きな影響を与えているか、またその思考がどれほど重要であるかに気づいていないことがあります。しかし実際には、思考は私たちの感情面、霊的な面、そして行動面に大きな力を持っています。私たちが心に留め、繰り返し考えを巡らせること、それは、船の舵のようなものであって、感情や愛情の向かう方向を定め、導いていきます。…

    信者である私たちにとって、何を考えるかは重要です。イエスは私たちを買い取り、罪から贖ってくださいました。そのため私たちは新しく造られた者です。私たちは古い自分に対して死んだのです(ローマ6:6)。これは思考の生活についても同じです。…

    聖書は、私たちはキリストにあって新しく造られた者なので、思考について警戒するよう求めています。使徒パウロは、すべての思いをとりこにしてキリストに服従させたと書いています(2コリント10:5)。これは非常に強い軍事的な表現です。私たちは積極的に、不従順な思いを探し出し、それを制する必要があります。なぜなら、私たちは霊的な戦いのただ中にいるからです。戦時中に受け身でいることはできません(参照:エペソ6:10–18)。

    これはまた、私たちが抱く考えの種類について、意識的に注意を払う必要があることを意味します。私たちは、自分の考えをキリストに従わせ、キリストに栄光を帰すように整えなければなりません。パウロはピリピ4:8でこう書いています。「すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれあること、また徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい。」 このような思いこそ、私たちが育み、根付かせ、成長させたいものです。…

    私たちが抱くべき真実で正しい思いは、神の御言葉の中にあります。そこには、神がどのような方であり、キリストにあって私たちのために何をしてくださったかが記されています。私たちは福音に示された神の愛と、キリストの生涯、死、そして復活によって成し遂げられたことを、深く心に留める必要があります。また、キリストのゆえに、私たちは神の目にどのような存在とされているのか、生ける神の子であるとはどういうことなのかを深く考える必要があります。それは単なる霊的な「やることリスト」の一部としてでも、自己実現のための訓練としてでもありません。私たちがキリストにあって何者なのかゆえに、そうするのです(コロサイ3:1–2)。

    私たちは特に思考の面で道を迷いがちですが、イエスは私たちを見捨てられませんでした。主は御霊を与えてくださり、その御霊は私たちに罪を示し、真理を思い起こさせ、私たち自身が祈ることができない時には私たちのために祈ってくださるのです。もし私のように迷いやすい思考に悩んでいるなら、思考が迷い始めた時に気づかせてくださるよう御霊に祈り求めてください。何が真実で何が偽りなのかを見分ける力を求めてください。自分の思考を吟味し、それを神の御言葉と照らし合わせましょう。目を覚まし、注意深く、警戒していましょう。そして何よりも、思いをキリストに留めましょう。—クリスティーナ・フォックス [1]

    キリストの思いを思う

    神の御言葉は、私たちにはキリストの思いが与えられていると教えています(1コリント2:16)。キリストの思いを持つことは、私たちのすべての行いの指針となり、考え方にも影響を与えるべきものです。それは、私たちの考え方が神と全く同じになるという意味ではありません。しかし、私たちの思いが新たにされるにつれて、ますますキリストのように考え、行動できるようになるという意味です(ローマ12:2)。…

    神の平安が私たちの心と思いを守るとき(ピリピ4:7)、私たちは主の約束や備えについて考えるようになります。それは私たちの思考のあり方を変えるので、もはや肉的な思いではなく、霊的でキリストに焦点を当てた思いに心を向けるようになるのです。私たちには全く新しい思いが与えられています。ですから、何を考えるかは重要なのです。

    神の御言葉は、どのようにしてすべての思いをキリストに従わせるのかを、曖昧なままにしてはいません(2コリント10:5)。ピリピ4:8には、クリスチャンが何について考えるべきかが具体的に示されています。何が真実なことか、尊ぶべきことか、正しいことか、純真なことか、愛すべきことか、ほまれあることかを知るための源は、聖書です。…

    私たちの思いは主から与えられた賜物であり、守られるべきものです。キリストにあって、私たちは今、主を喜ばせ、主を敬う思いを選ぶことができます。パウロはピリピ4:8の最後で「徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい」と語りました。それは、絶えず思考を守るために、私たちにはこの注意が必要だからです。私たちは、どのような思いを心に入れるかについて、積極的にならなければなりません。私たちの思いは、一つ一つの思考によって新しくされていくのです。…

    イエスを、真実なもの、愛すべきもの、純真なものすべてを体現する完璧な模範として見るとき、私たちの思考は福音というレンズのフィルターを通るようになります。福音の中にある真実、愛すべきこと、尊ぶべきことを深く思い、パウロが語ったようにそれを実践するとき、神の平安が私たちと共にあるのです(ピリピ4:9)。—マーシ・フェレル [2]

    思考を祈りに変える

    聖書は私たちの思考について多くを語っており、それを学ぶことは非常に興味深いものです。例えば、主が私たちに向けて抱いておられる思いは数えきれないほど多く(詩篇40:5)、私たちが何かを考える前からでさえ、すべての思いをご存じであると教えています(詩篇139:1–2)。

    私たち一人ひとりが一日に考えること、そして頭の中を駆け巡るあらゆる思いについて考えてみてください。時折、自分の思考を吟味し、評価し、点検し、分析することは有益です。私たちの思考は良いことを成し遂げ、ポジティブな影響をもたらす方向へ向けられているでしょうか。また、私たちは、自分の思考を、他の人々の人生に祝福をもたらす祈りへと変えているでしょうか。

    聖書は、「上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない」と教えています(コロサイ3:2)。私たちが意識的に神の国の事柄へと思考を向けるとき、御霊は私たちの心に語りかけ、導いてくださいます(ヨハネ16:13)。また、良いこと、真実なこと、愛すべきこと、称賛に値することに集中するとき(ピリピ4:8)、不毛な思いや不安、絶望、落胆、不幸をもたらす思いをふるい分けるのも助けてくださいます。

    神は、私たちが絶えず祈る者へと成長していく中で(1テサロニケ5:17)、思考を祈りへと変えることを学ぶよう願っておられます。思考を祈りへと変えるなら、神とのより親しい歩みが生まれます。また、祝福や解決策、神の御心に沿った介入、慰め、平安を自分自身や他の人々のために受け取ることができます。すべてのことを祈りによって神に委ねるとき(ピリピ4:6)、私たちは物事を新しい視点で見ることができ、これまで気づかなかった可能性や良い面を見いだせるようになります。

    思考を祈りに変えることで、私たちはイエスに近づき、霊的に強められます。一方で、放置された思考は虚無の世界に滑り落ちたり、無頓着さの隙間に埋もれてしまったりしがちです。私たちは一日中、何をしていても、何かを考えています。しかし、その思考をどのようにふるい分け、どこへ向けるかが大きな違いを生み出します。

    思考の生活をどのように扱い、どこへ向けるかは重要です。御言葉というふるいを通して思考を導くことを学ぶなら、私たちはキリストに思いを向け、祈りの使命を果たすことができるでしょう。—マリア・フォンテーン

    思考を祈りとする

    祈りを通して、私たちは神と向き合い、自分自身を吟味します。神の御前で、自分の思考を見つめ、神を見つめ、そして神が私たちをどのように見ておられるかを考えます。神の臨在を意識しながら思いを処理するとき、神は私たちの思考を変えてくださいます。

    あなたが思考を祈りにするとき、神はあなたをどのように見ておられると思いますか。詩篇139:23に、その姿が描かれています。「神よ、どうか、わたしを探って、わが心を知り、わたしを試みて、わがもろもろの思いを知ってください。」 私たちが神に近づくとき、神は私たちの心を探り、知ってくださいます。また、不安な思いを試み、知ってくださいます。私たちの内にある罪深い部分も見ておられます。それでもなお、私たちをとこしえの道に導くことを選ばれるのです(詩篇139:24)。つまり、神は私たちのありのままの姿を見て、それでも愛してくださるのです。

    あなたが思考を神への祈りとするとき、神は愛と憐れみと慈しみをもってあなたを見ておられます。その愛は、あなたが真実で、誉ある、賞賛に値する思いや純真な思考を抱いたから与えられるものではありません。また、… 苦しみに満ちた思いから抜け出せないからといって失われるものでもありません。神の愛は、あなたが望まない思いのただ中にあっても、変わらずそこにあります。それはあなたが思考を変えたことに対する報酬ではありません。

    自分の望まない思考を見つめると、そこに苦しみや罪を見るでしょう。しかし信仰をもって神を見るなら、神の愛と受容を見ることができます。そしてキリストにあって神があなたをどのように見ておられるかを見るなら、自分のうちに神の義を見ることができます(2コリント5:21)。神を正しく見、神の目を通して自分自身を見つめるとき、私たちは変わっていくために必要な力を得ることができるのです。

    私たちの思考は、力や意志の強さによってではなく、関係と交わりを通して変えられます。神の臨在には力があります。なぜなら、その中で私たちは神の性質に触れ、神がどのような方であり、それが私たちの人生に何を意味するのかを知るからです。…

    神の変わらぬ臨在の中で見いだす静けさは、私たちの慌ただしく駆け巡る思考や不安を鎮めてくれます。神の憐れみと愛は、たとえ現実がそう見えない時でも真理を信じる助けとなります。私たちは神の赦しを受け取ることで、後悔の思いを手放し、神のいつくしみを深く思うことで、絶望的な思考に打ち勝つ助けを見いだします。… 神と出会い、神の本質を人生の中で体験することには、すべてを変える力があるのです。—エスター・スミス [3]

    2026年4月アンカーに掲載 朗読:ジョン・マーク 音楽:マイケル・フォガティ


    1 Christina Fox, “Our Thoughts Really Do Matter,” ibelieve.com, September 21, 2021, https://www.ibelieve.com/christian-living/our-thoughts-really-do-matter.html

    2 Marci Ferrell, “Six Thought Patterns of a Christian Mind (Philippians 4:8),” thankfulhomemaker.com, https://thankfulhomemaker.com/six-thought-patterns-of-a-christian-mind-philippians-48/

    3 Esther Smith, “Pray Your Uncensored Thoughts,” The Gospel Coalition, August 7, 2022, https://www.thegospelcoalition.org/article/pray-uncensored-thoughts

  • 6月 8 聖書の存在意義
  • 6月 4 弟子の足を洗う
  • 5月 31 ストレスを乗り越える
  • 5月 27 礼儀正しくあることの大切さ
  • 5月 23 金を借りた二人の人のたとえ
  • 5月 19 信仰とは何か
  • 5月 15 試練の時に勝利を収める
  • 5月 11 霊的生活に投資する
  • 5月 7 友情について想う
   

ディレクターズ・コーナー

信仰を築く記事と聖書研究

  • すべての美徳の実践

    [Practicing All the Virtues]

    December 10, 2024

    本シリーズを締めくくるにあたり、ガラテヤ5章22–23節に挙げられている9つの美徳――愛、喜び、平安(平和)、忍耐(寛容)、親切(慈愛)、善意、誠実(忠実)、優しさ(柔和)、自制――を、私たちの生活の中でどのように育み、実践していくといいのかを考えるのは、有意義なことだと思いました。

    これらの美徳を育むうえで重要な要素の一つは、主との関係です。主を愛するがゆえに、私たちは主との深い関係を築きたいと願い、その関係を強めるために時間と労力を注ぎます。そして、それには、御言葉を読むこと、祈りを通して主と交わること、イエスが示してくださった模範に従うことが含まれます。

    神が私たち一人ひとりを個人的に愛しておられることを理解すると、神が他の人々をもご自身との関係に招き入れたいと願っておられることに気づくようになります。まだ神を知らない人たちに対しても、神が揺るぎない愛を抱いておられることに気づくとき、私たちは人々に、彼らを深く愛し、彼らの人生の一部になりたいと願っている方がいることを、最善を尽くして知らせたいという思いに駆られます。全人類に対する神の愛のメッセージを伝えることが私たちの使命となり、キリストに似た者へと成長することに情熱を注ぐようになるのです。

    キリストへの愛は、私たちの心と魂と思いと力を尽くして熱心に主を愛し、主との親しい関係を育むよう私たちを駆り立てます。この愛は、イエスに似た者となり、主の性質にならい、神の愛を他の人たちに伝えようと努力することを、私たちに迫ります。それは、彼らもまた主を知るようになるためなのです。[1]

    イエスに従う者として、私たちの目標の一つは、キリストに倣うことです。私たちは主の性質と属性を身につけたいと願うし、主との関係が深まるにつれ、御霊の実が現れるようになります。私たちは神の御旨にかなった態度を示し、神の御旨にかなった道徳観を持ち、誠実さを保ち、御言葉に生きるようになるのです。イエスにもっと似た者となっていくにつれ、イエスが私たちを通して輝かれます。そしてそのとき、つまり、私たちが主に倣っている姿を他の人々が見るとき、彼らは、神の愛が実践されているのを目にする機会を得るのです。

    キリストの足跡をたどる

    アメリカの偉大な伝道者ドワイト・L・ムーディは、品性について次のような簡潔な言葉を残しています。「品性とは、暗闇の中であなたがどのような人間かということだ。」

    クリスチャンとして、私たちは皆、霊的成熟とキリストに似た者になるという面において、成長したいと願っています。最悪の瞬間の自分や罪を捨て去り、御霊の実である愛、親切、柔和、自制などを示す生き方をし、キリストの助けによって自分がなり得るどんな者にもなりたいのです。

    突き詰めて言えば、私たちはイエスのようになり、イエスが考えられたように考え、イエスが振る舞われたように振る舞いたいと願っています。聖書は、私たちがキリストの足跡をたどるよう励ましています。「神の内に生きていると言う人は、イエスがされたように人生を生きるべきである」(1ヨハネ2:6 英語NLT訳)。もっとも暗く、辛い経験をしているときでも、私たちの品性が他の人々にとって神の真理の証となることを、私たちは願っています。

    高潔な人格を築き上げ、育むことは、本や説教からは学べないし、意志力や努力だけで学べるわけでもありません。自動的に、偶然に、あるいは突然に、起こるものでもありません。また、自分自身の力や決意だけで生み出せるものでもありません。それは、私たちの生活に臨在しておられる聖霊による変革の御業であり、聖霊の実なのです。

    第1ペテロ2章21節には、こうあります。「キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。」 使徒パウロはさらに踏み込んで、神は私たちの信仰を強め、キリストに似た者へと成長させるために、問題や試練さえも用いてくださると記しています。「わたしたちは、問題や試練に遭遇したときにも、喜ぶことができる。なぜなら、そのおかげで忍耐力を養えると知っているからである。そして、忍耐は強い品性を生み出し、品性は救いへの確かな希望を強める」(ローマ5:3–4 英語NLT訳)。—ローナン・キーン [2]

    実を結ばせる神の力

    人生に必要とされる力は、単なる意志力以上のものです。神の力が必要なのです。御霊の実とは、聖霊があなたの内に住まわれるときに、神があなたの人生に与えてくださる資質であり、それは「愛、喜び、平安、忍耐、親切、善意、誠実、優しさ、自制」です(ガラテヤ5:22–23 英語NLT訳)。

    神は、どのようにして、あなたの人生に実を結ばせてくださるのでしょうか。それは、意志力によるのではありません。思い切って、「もっと忍耐強い人間になるぞ!」と言ったところで、そうなれるとは限りません。

    聖霊が内側からその実を育ててくださる必要があります。「もっと忍耐強くなるぞ。もっと愛情深くなるんだ」と言ったとしても、それはユーカリの木にオレンジをくくりつけて、「これはオレンジの木だ」と言うようなものです。そんなふうにはいきません。御霊の実は、内側からしか生まれません。神の御霊があなたを通して生きてくださることによってのみ生まれるのです。

    聖霊はあなたの人生において、どのように働かれるのでしょうか。その答えは、「徐々に」です。「主、すなわち御霊は、わたしたちをますます主と似た者とし、わたしたちは主の栄光のかたちに造り変えられていくのです」(2コリント3:18 英語NLT訳)。—リック・ウォレン [3]

    御霊の実を育む

    御霊の実を育むための最初のステップは、神に身を委ねることです。マタイ16章24–26節で、イエスはこう言われています。「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。」 神に身を委ねるとは、自分の願望や計画を捨て、私たちの人生における神の御心に従うことを意味します。

    御霊の実を育むための第2のステップは、御霊の内を歩むことです。ガラテヤ5章16–17節には、こうあります。「わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい …。」 御霊の内を歩むとは、自分の欲望ではなく、聖霊に導かれる生き方をすることです。

    御霊の実を育むための第3のステップは、キリストにとどまることです。ヨハネ15章4–5節で、イエスはこう言っておられます。「わたしにつながっていなさい[とどまりなさい(新改訳2017)]。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。」 キリストにとどまるとは、祈り、聖書を読むこと、そして礼拝を通して、キリストにつながった状態でいることを意味します。—エリック・ラフィン [4]

    *

    このシリーズにふさわしい省察になると思い、マックス・ルケードの次の記事を紹介します。私たち皆が、御霊のあらゆる賜物において成長し続け、「主の栄光を … 見つつ、栄光から栄光へと」、御霊である「主と同じ姿に変えられていく」[5] ことができますように。

    私は選ぶ

    もうじき一日が始まる。… 一人の穏やかな時間は、人類の慌ただしいペースに取って代わられる。早朝の安らぎの場は、下すべき決断や、守るべき締切に侵されていく。これからの12時間、私はこの日が与える様々な要求にさらされる。私が選択をすべきとき、それは今。ゴルゴタのおかげで、私は自由に選択できる。だから、私は選択をする。

    私は愛を選ぶ。どんな状況であっても、憎しみは正当化されない。どんな不正にあっても、恨みは正当化されない。私は愛を選ぶ。今日、私は神を愛し、神が愛しておられるものを愛する。

    私は喜びを選ぶ。… 私はどんな問題も、神に目を向ける機会としてしか見ないようにする。

    私は平和を選ぶ。赦された者として生きる。生きるために赦す。

    私は忍耐を選ぶ。世の中のやっかいさを気に留めたりしない。… 待ち時間が長すぎると文句を言う代わりに、祈る時間を与えてくださった神に感謝する。新しい任務に拳を握りしめる代わりに、喜びと勇気をもってそれに向き合う。

    私は親切を選ぶ。貧しい人に親切にする。彼らが孤独でいるから。裕福な人に親切にする。彼らが恐れているから。そして不親切な人にも親切にする。なぜなら、神が私にそう接してくださったから。

    私は善意を選ぶ。不正な1ドルを手にするくらいなら、1ドルもなしで済ませる方が良い。自慢するよりは、気づかれないままが良い。人を非難するよりは、自分の非を打ち明ける。私は善意を選ぶ。

    私は誠実を選ぶ。今日、約束を守る。私に貸しがある人に、私を信頼したことを後悔させない。仲間に、私の言葉を疑わせるようなことをしない。妻に、私の愛を疑わせるようなことをしない。そして子どもたちに、父親が家に帰らないのではと心配させるようなことをしない。

    私は優しさを選ぶ。力ずくで勝ち取れるものなど何もない。私は優しくすることを選ぶ。声を上げることがあるなら、それはただ賛美するためであるように。拳を握ることがあるなら、それはただ祈りのときであるように。何かを要求することがあるなら、それはただ自分自身に対してであるように。

    私は自制を選ぶ。私は霊的な存在だ。この体が死んだ後、私の霊は舞い上がる。朽ちゆくものに、永遠を支配させはしない。私は自制を選ぶ。酔うのは喜びだけにする。情熱を注ぐのは信仰だけにする。影響を受けるのは神だけにする。教えを受けるのはキリストからだけにする。私は自制を選ぶ。

    愛、喜び、平和、忍耐、親切、善意、誠実、優しさ、自制。今日一日、これらのことに全力を傾ける。うまくやれたら、感謝を捧げる。しくじったなら、主の恵みを求める。そして、この一日が終わったら、枕に頭をのせて休もう。—マックス・ルケード [6]

    御霊の実を求める祈り

    愛する天のお父さま、

    私は今日、深い感謝と、愛に満ちあふれた心をもって、あなたの御前に進み出ます。ガラテヤ5章で、私たちの歩みを導く御霊の実について思い起こさせてくださったことを感謝します。主よ、あなたの知恵は尊い賜物です。私はあなたの教えに従って生きる者でありたいと願います。

    主よ、どうか私の人生において、これらの実を結ぶことができるようお助けください。これらはあなたの性質を映し出すものだと知っているからです。父よ、私の心を愛で満たしてください。あなたが私を愛してくださったように、私も他の人々を愛することができるようにです。この混乱に満ちた世にあって、私が喜びを広め、平和の源となれますように。人生で出会う人々に示すべき忍耐と親切を、私に授けてください。あなたの恵みの証として、常に善を行うよう努めることができますように。

    主よ、忠実さを授けてください。逆境にあってもあなたの約束を信じ、あなたへの揺るがぬ献身を持ち続けられますように。人を傷つけるのではなく、励まし支えるような優しい霊をお与えください。また、私の願望をあなたの御心に委ね、人生のあらゆる面で自制を働かせることができますように。

    あなたは私たちに、「御霊に歩調を合わせる」よう励ましておられます。あなたの聖なる霊の導きによって、この信仰の旅路を進むことができるよう祈ります。私があなたの道に歩み、あなたの御言葉に従って生き、あなたの力に頼る者となれますように。

    主よ、私は自分の欠点を告白し、あなたが私を赦し、変えてくださるよう求めます。自分のためだけでなく、この世であなたの愛と恵みを映し出す光として輝くために、御霊の実を結ぶ者でありたいと切に願います。アーメン。—リッチ・ビターマン [7]

    思考の糧

    「あなたがたが、わたしから学んだこと、受けたこと、聞いたこと、見たことは、これを実行しなさい。そうすれば、平和の神が、あなたがたと共にいますであろう。」(ピリピ4:9)

    「もし神に、御霊の実において成長するのを助けてくださいと祈るなら、神がそうしてくださることを100%確信できます。神は、ご自分の子どもたちがイエスにもっと似た者となるよう助けることを喜ばれます。ですから、今日、新たな力であなたを満たしてくださるよう、… 御霊の実において成長できるよう、聖霊に求めてください。」 —ラブ・ワース・ファインディング

    「だから、あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容を身に着けなさい。」(コロサイ3:12)

    「私たちは、神に選ばれ、愛され、聖別されることを望んで、聖霊の実を実践しようと努めることがよくありますが、実際にはその逆なのです。私たちが選ばれ、聖なる者とされ、選び分かたれて、今や、イエスが私たちの心に住んでくださるからこそ、私たちは御霊の実を結ぶことができるのです。」 —ケリー・ミンター


    注:
    聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。


    1 2コリント5:14.

    2 Ronan Keane, “The Character Builder” (adapted), Activated, July 2019.

    3 Rick Warren, “Sometimes the Change Is Gradual,” PastorRick.com, February 22, 2024, https://pastorrick.com/sometimes-the-change-is-gradual/.

    4 Errick Ruffin, “The Secret to Cultivating the Fruits of the Spirit: Steps to Develop a Christ-Like Character,” Medium, April 14, 2023, https://medium.com/@littlepreacher68/the-secret-to-cultivating-the-fruits-of-the-spirit-steps-to-develop-a-christ-like-character-a609d745b2ef.

    5 2コリント3:18.

    6 Max Lucado, “It’s a New Day: The Choice is Yours,” https://maxlucado.com/new-day-choice/.

    7 Rich Bitterman, “Fruits of the Spirit Prayer (Galatians 5),” Medium, September 9, 2023, https://medium.com/@richbitterman/fruits-of-the-spirit-prayer-galatians-5-d471e3e2cb2c.

  • 6月 2 他の人を励ます
  • 5月 26 キリストに従う者にとっての美徳: 自制・節制
  • 5月 19 第1コリント:第14章(26–40節)
  • 5月 12 キリストに従う者にとっての美徳: 優しさ・柔和
  • 5月 5 第1コリント:第14章(1–25節)
  • 2月 24 弟子の生き方(パート3): キリストにとどまる
  • 2月 1 第1コリント:第13章(1–13節)
  • 12月 30 第1コリント:第12章(12–30節)
  • 11月 11 第1コリント:第12章(1–11節)
   

信条

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