アンカー

ユーザーフレンドリーなデボーション記事

  • 平安の内を歩む

    Walk in Peace
    July 7, 2026

    オーディオ所要時間: 12:31
    オーディオ・ダウンロード(英語) (11.4MB)

    携帯が光り、通知が表示されました。胸をざわつかせながら、手を伸ばします。もし悪い知らせだったらどうしよう・・。画面の文字がぼやけて見えました。「検査結果に異常が見られたため、追加の検査が必要です。」

    最悪の事態ばかりが頭をよぎり、血の気が引いて、しばらく身動きが取れなくなりました。

    そのとき、私はふと、ほとんど無意識に、古い賛美歌を口ずさみ始めました。「私には川のような平安がある …。」

    私はその平安(心の平和)を必要としていました。そこで聖書を調べたところ、イザヤ26章3節を見つけました。「あなたは全き平安をもって こころざしの堅固なものを守られる。彼はあなたに信頼しているからである。」

    この聖句を読んで、使徒パウロが神の武具の一部として平和の靴に言及しているエペソ6章15節のことも思い出しました。

    パウロがそれを書いた1世紀、ローマ兵はカリガエと呼ばれる、ブーツとサンダルの中間のような頑丈な履物を履いていました。カリガエは戦闘用に設計されていて、分厚い靴底があり、それを補強するために鋭い鋲がいくつも打ち込まれていました。単に履き心地のいい靴というわけではなく、武具でもあったのです。鋲があるおかげで、地面をしっかりと捉えることができたので、兵士は激戦の最中でも足を滑らせずにすんだし、長距離を行軍することもできました。また、戦闘の際、その鋲によって、倒れた敵を踏みつけることができました。

    この靴は、兵士の生存にとって不可欠なものだったのです。それがなければ、戦場に鋭利な物があれば、簡単に足を傷つけられてしまうことでしょう。しかし、足がしっかりと守られていたので、戦士はどんな地形や敵にも備えられた状態で、自信を持って動くことができました。

    パウロが私たちに、平和の福音による備えを足に履くよう告げたのは、おそらくこれが理由でしょう(エペソ6:15)。私たちが霊的な戦いをするには、足元がしっかりとしていなければなりません。

    敵は、何よりも私たちの平安・平和を揺るがしたがっているので、私たちがつまずき、疑いを抱くようにと、私たちの道のりに、気を散らすものや落胆、恐れを投げ込んできます。しかし、福音は私たちをしっかりと立たせてくれます。そして、人生が混沌としているときに安定を与え、道のりが長いときに忍耐を与え、敵が私たちを打ち倒そうとするときに守りを与えてくれます。私たちの内側のすべてが退却したがるときでも、福音は私たちを前進させ続けてくれます。

    では、今日、あなたを進路からそらそうとしているものは何でしょうか。厳しい診断結果ですか。壊れた人間関係ですか。この世界における先行き不透明の重さですか。

    これは、イエスご自身があなたの平和・平安である、ということを気づかせてくれます(エペソ2:14)。イエスはすでにあなたの先を行かれています。そして、道をしっかりと整えてくださいました。あなたの思いが堅くイエスに留められていれば、イエスはあなたを全き平安の内に守ってくださいます。

    今日、どんな状況に直面しても、あなたは深く息を吸い、心から信頼して、主の平安の内に安心して歩んでいくことができます。

    天のお父様、今日、私たちはイエスの福音の上にしっかりと立ち、平和の靴を履きます。状況が私たちの土台を揺さぶろうとし、恐れや不安が押し寄せてくるとき、あなたがすべてを支配しておられ、あなたの平安はあらゆる人知を超えていることを思い起こさせてください。あなたに信頼するにつれ、全き平安の内に、私たちの足を導き、案内し、安定させてください。イエスの御名によって祈ります。アーメン。—アヴリル・オシリアン=シミリアン[1]

    特別なたぐいの平安

    ようやく心穏やかな満ち足りた状態に達して、「邪魔しないで」という札を掛けたくなることが、どれほどあるでしょうか。

    言うまでもなく、邪魔が入ることは防げないし、ストレスの多い状況も防ぐことはできません。しかし、そうした状況になっても、神が平安を与えてくださる、と聖書は告げています。「あなたは全き平安をもって こころざしの堅固なものを守られる。 彼はあなたに信頼しているからである」(イザヤ26:3)。イエスに目を向けるなら、イエスは私たちに御自身の平安を与えてくださいます。時間を取って、祈りの中でイエスと語らい、御言葉を読み、あるいはただイエスのことを思い巡らすとき、主が約束してくださった平安を体験することができる、と聖書にあります。

    時には、私たちの内側で平安を保つことが不可能に思えるかもしれません。何とかやり過ごすだけでも難しいときがあるのです。しかし、イエスは平和の君であり、こう語っておられます。「わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな」(ヨハネ14:27)。ですから、額に「邪魔しないで」という札を掛けたくなるときには、主が私たちに特別なたぐいの平安、すなわち永遠で深く、手で触れられるほどの平安を与えてくださることを思い出してください。—クロエ・ウエスト

    平安の内に生きる

    平安の内に生きることは、朝の日差しの中で花びらが開いていく様子に例えることができます。神についてより深く知るにつれて、私たちの人生における平安の花びらも開いていきます。私たちは、神のご性質が常に真実であることを知ります。神の絶え間ない恵みを経験します。さらに多くの神の約束を読んでいきます(詩篇100:5; 115:11; イザヤ26:4)。私たちに対する神の圧倒的な愛を浴びることを学びます(ローマ8:38–39)。自分の満足の度合いを、絶えず移り変わる状況に左右されることを拒み、代わりに、決して変わることのない神のご性質に寄り頼みます(ヤコブ1:17; マラキ3:6)。

    主を私たちの避け所とする生き方を築くとき、私たちは神の平安の内を生き始めます(詩篇46:1; 62:8)。詩篇91篇1節には、神の平安の内に生きる秘訣が示されています。「いと高き者のもとにある隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる人は主に言うであろう、『わが避け所、わが城、 わが信頼しまつるわが神』と。」 心の中にあるその「隠れ場」こそ、私たちが神と出会うために行くべき場所です。そこに住み、主の陰に隠れ、絶えず主と交わり続けることを選ぶなら、たとえ状況が不安なものであっても、私たちは平安を保つことができます。苦難のとき、主に助けを叫び求めることを学ぶなら、主の平安はまさに人知ではとうてい測り知ることのできないものであることが分かるのです(ピリピ4:7)。—GotQuestions [2]

    心の平安を取り戻す

    自分の悩みをイエスに打ち明け、その重荷を担っていただきましょう。

    ヨブ22:21 あなたは神と和らいで、平安を得るがよい。 そうすれば幸福があなたに来るでしょう。

    詩篇55:22 あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる。主は正しい人の動かされるのを決してゆるされない。

    ヨハネ14:27 わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。

    ピリピ4:6–7 何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。

    1ペテロ5:7 神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい。

    イエスとその恵みに目を留めましょう。

    詩篇94:19 わたしのうちに思い煩いの満ちるとき、 あなたの慰めはわが魂を喜ばせます。

    イザヤ26:3 あなたは全き平安をもって こころざしの堅固なものを守られる。 彼はあなたに信頼しているからである。

    ピリピ4:8 最後に、兄弟たちよ。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれあること、また徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい。

    ヘブル12:1–2 こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。

    神の言葉から平安をいただきましょう。

    詩篇119:165 あなたのおきてを愛する者には大いなる平安があり、 何ものも彼らをつまずかすことはできません。

    ヨハネ16:33 これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。

    2026年7月アンカーに掲載 朗読:ジョン・ローレンス 音楽:ジョン・リッスン


    1 Avril Occilien-Similien, “Walk in Perfect Peace,” Proverbs 31, July 17, 2025, https://proverbs31.org/read/devotions/full-post/2025/07/17/walk-in-perfect-peace

    2 “What is the peace of God, and how can I experience it?” GotQuestions.org, https://www.gotquestions.org/peace-of-God.html

  • 7月 24 不正な家令のたとえ話
  • 7月 20 他の人を励ます
  • 7月 18 思い起こすようにとの呼びかけ
  • 7月 14 キリストの弟子になること(パート3):約束
  • 7月 10 自分の心ではなく、神に従う
  • 7月 6 キリストの弟子になること(パート2):代価
  • 7月 2 信仰にあふれたことを考える
  • 6月 30 忍耐力を成長させる(パート2)
  • 6月 26 キリストの弟子になること(パート1):召命
   

ディレクターズ・コーナー

信仰を築く記事と聖書研究

  • すべての美徳の実践

    [Practicing All the Virtues]

    December 10, 2024

    本シリーズを締めくくるにあたり、ガラテヤ5章22–23節に挙げられている9つの美徳――愛、喜び、平安(平和)、忍耐(寛容)、親切(慈愛)、善意、誠実(忠実)、優しさ(柔和)、自制――を、私たちの生活の中でどのように育み、実践していくといいのかを考えるのは、有意義なことだと思いました。

    これらの美徳を育むうえで重要な要素の一つは、主との関係です。主を愛するがゆえに、私たちは主との深い関係を築きたいと願い、その関係を強めるために時間と労力を注ぎます。そして、それには、御言葉を読むこと、祈りを通して主と交わること、イエスが示してくださった模範に従うことが含まれます。

    神が私たち一人ひとりを個人的に愛しておられることを理解すると、神が他の人々をもご自身との関係に招き入れたいと願っておられることに気づくようになります。まだ神を知らない人たちに対しても、神が揺るぎない愛を抱いておられることに気づくとき、私たちは人々に、彼らを深く愛し、彼らの人生の一部になりたいと願っている方がいることを、最善を尽くして知らせたいという思いに駆られます。全人類に対する神の愛のメッセージを伝えることが私たちの使命となり、キリストに似た者へと成長することに情熱を注ぐようになるのです。

    キリストへの愛は、私たちの心と魂と思いと力を尽くして熱心に主を愛し、主との親しい関係を育むよう私たちを駆り立てます。この愛は、イエスに似た者となり、主の性質にならい、神の愛を他の人たちに伝えようと努力することを、私たちに迫ります。それは、彼らもまた主を知るようになるためなのです。[1]

    イエスに従う者として、私たちの目標の一つは、キリストに倣うことです。私たちは主の性質と属性を身につけたいと願うし、主との関係が深まるにつれ、御霊の実が現れるようになります。私たちは神の御旨にかなった態度を示し、神の御旨にかなった道徳観を持ち、誠実さを保ち、御言葉に生きるようになるのです。イエスにもっと似た者となっていくにつれ、イエスが私たちを通して輝かれます。そしてそのとき、つまり、私たちが主に倣っている姿を他の人々が見るとき、彼らは、神の愛が実践されているのを目にする機会を得るのです。

    キリストの足跡をたどる

    アメリカの偉大な伝道者ドワイト・L・ムーディは、品性について次のような簡潔な言葉を残しています。「品性とは、暗闇の中であなたがどのような人間かということだ。」

    クリスチャンとして、私たちは皆、霊的成熟とキリストに似た者になるという面において、成長したいと願っています。最悪の瞬間の自分や罪を捨て去り、御霊の実である愛、親切、柔和、自制などを示す生き方をし、キリストの助けによって自分がなり得るどんな者にもなりたいのです。

    突き詰めて言えば、私たちはイエスのようになり、イエスが考えられたように考え、イエスが振る舞われたように振る舞いたいと願っています。聖書は、私たちがキリストの足跡をたどるよう励ましています。「神の内に生きていると言う人は、イエスがされたように人生を生きるべきである」(1ヨハネ2:6 英語NLT訳)。もっとも暗く、辛い経験をしているときでも、私たちの品性が他の人々にとって神の真理の証となることを、私たちは願っています。

    高潔な人格を築き上げ、育むことは、本や説教からは学べないし、意志力や努力だけで学べるわけでもありません。自動的に、偶然に、あるいは突然に、起こるものでもありません。また、自分自身の力や決意だけで生み出せるものでもありません。それは、私たちの生活に臨在しておられる聖霊による変革の御業であり、聖霊の実なのです。

    第1ペテロ2章21節には、こうあります。「キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。」 使徒パウロはさらに踏み込んで、神は私たちの信仰を強め、キリストに似た者へと成長させるために、問題や試練さえも用いてくださると記しています。「わたしたちは、問題や試練に遭遇したときにも、喜ぶことができる。なぜなら、そのおかげで忍耐力を養えると知っているからである。そして、忍耐は強い品性を生み出し、品性は救いへの確かな希望を強める」(ローマ5:3–4 英語NLT訳)。—ローナン・キーン [2]

    実を結ばせる神の力

    人生に必要とされる力は、単なる意志力以上のものです。神の力が必要なのです。御霊の実とは、聖霊があなたの内に住まわれるときに、神があなたの人生に与えてくださる資質であり、それは「愛、喜び、平安、忍耐、親切、善意、誠実、優しさ、自制」です(ガラテヤ5:22–23 英語NLT訳)。

    神は、どのようにして、あなたの人生に実を結ばせてくださるのでしょうか。それは、意志力によるのではありません。思い切って、「もっと忍耐強い人間になるぞ!」と言ったところで、そうなれるとは限りません。

    聖霊が内側からその実を育ててくださる必要があります。「もっと忍耐強くなるぞ。もっと愛情深くなるんだ」と言ったとしても、それはユーカリの木にオレンジをくくりつけて、「これはオレンジの木だ」と言うようなものです。そんなふうにはいきません。御霊の実は、内側からしか生まれません。神の御霊があなたを通して生きてくださることによってのみ生まれるのです。

    聖霊はあなたの人生において、どのように働かれるのでしょうか。その答えは、「徐々に」です。「主、すなわち御霊は、わたしたちをますます主と似た者とし、わたしたちは主の栄光のかたちに造り変えられていくのです」(2コリント3:18 英語NLT訳)。—リック・ウォレン [3]

    御霊の実を育む

    御霊の実を育むための最初のステップは、神に身を委ねることです。マタイ16章24–26節で、イエスはこう言われています。「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。」 神に身を委ねるとは、自分の願望や計画を捨て、私たちの人生における神の御心に従うことを意味します。

    御霊の実を育むための第2のステップは、御霊の内を歩むことです。ガラテヤ5章16–17節には、こうあります。「わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい …。」 御霊の内を歩むとは、自分の欲望ではなく、聖霊に導かれる生き方をすることです。

    御霊の実を育むための第3のステップは、キリストにとどまることです。ヨハネ15章4–5節で、イエスはこう言っておられます。「わたしにつながっていなさい[とどまりなさい(新改訳2017)]。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。」 キリストにとどまるとは、祈り、聖書を読むこと、そして礼拝を通して、キリストにつながった状態でいることを意味します。—エリック・ラフィン [4]

    *

    このシリーズにふさわしい省察になると思い、マックス・ルケードの次の記事を紹介します。私たち皆が、御霊のあらゆる賜物において成長し続け、「主の栄光を … 見つつ、栄光から栄光へと」、御霊である「主と同じ姿に変えられていく」[5] ことができますように。

    私は選ぶ

    もうじき一日が始まる。… 一人の穏やかな時間は、人類の慌ただしいペースに取って代わられる。早朝の安らぎの場は、下すべき決断や、守るべき締切に侵されていく。これからの12時間、私はこの日が与える様々な要求にさらされる。私が選択をすべきとき、それは今。ゴルゴタのおかげで、私は自由に選択できる。だから、私は選択をする。

    私は愛を選ぶ。どんな状況であっても、憎しみは正当化されない。どんな不正にあっても、恨みは正当化されない。私は愛を選ぶ。今日、私は神を愛し、神が愛しておられるものを愛する。

    私は喜びを選ぶ。… 私はどんな問題も、神に目を向ける機会としてしか見ないようにする。

    私は平和を選ぶ。赦された者として生きる。生きるために赦す。

    私は忍耐を選ぶ。世の中のやっかいさを気に留めたりしない。… 待ち時間が長すぎると文句を言う代わりに、祈る時間を与えてくださった神に感謝する。新しい任務に拳を握りしめる代わりに、喜びと勇気をもってそれに向き合う。

    私は親切を選ぶ。貧しい人に親切にする。彼らが孤独でいるから。裕福な人に親切にする。彼らが恐れているから。そして不親切な人にも親切にする。なぜなら、神が私にそう接してくださったから。

    私は善意を選ぶ。不正な1ドルを手にするくらいなら、1ドルもなしで済ませる方が良い。自慢するよりは、気づかれないままが良い。人を非難するよりは、自分の非を打ち明ける。私は善意を選ぶ。

    私は誠実を選ぶ。今日、約束を守る。私に貸しがある人に、私を信頼したことを後悔させない。仲間に、私の言葉を疑わせるようなことをしない。妻に、私の愛を疑わせるようなことをしない。そして子どもたちに、父親が家に帰らないのではと心配させるようなことをしない。

    私は優しさを選ぶ。力ずくで勝ち取れるものなど何もない。私は優しくすることを選ぶ。声を上げることがあるなら、それはただ賛美するためであるように。拳を握ることがあるなら、それはただ祈りのときであるように。何かを要求することがあるなら、それはただ自分自身に対してであるように。

    私は自制を選ぶ。私は霊的な存在だ。この体が死んだ後、私の霊は舞い上がる。朽ちゆくものに、永遠を支配させはしない。私は自制を選ぶ。酔うのは喜びだけにする。情熱を注ぐのは信仰だけにする。影響を受けるのは神だけにする。教えを受けるのはキリストからだけにする。私は自制を選ぶ。

    愛、喜び、平和、忍耐、親切、善意、誠実、優しさ、自制。今日一日、これらのことに全力を傾ける。うまくやれたら、感謝を捧げる。しくじったなら、主の恵みを求める。そして、この一日が終わったら、枕に頭をのせて休もう。—マックス・ルケード [6]

    御霊の実を求める祈り

    愛する天のお父さま、

    私は今日、深い感謝と、愛に満ちあふれた心をもって、あなたの御前に進み出ます。ガラテヤ5章で、私たちの歩みを導く御霊の実について思い起こさせてくださったことを感謝します。主よ、あなたの知恵は尊い賜物です。私はあなたの教えに従って生きる者でありたいと願います。

    主よ、どうか私の人生において、これらの実を結ぶことができるようお助けください。これらはあなたの性質を映し出すものだと知っているからです。父よ、私の心を愛で満たしてください。あなたが私を愛してくださったように、私も他の人々を愛することができるようにです。この混乱に満ちた世にあって、私が喜びを広め、平和の源となれますように。人生で出会う人々に示すべき忍耐と親切を、私に授けてください。あなたの恵みの証として、常に善を行うよう努めることができますように。

    主よ、忠実さを授けてください。逆境にあってもあなたの約束を信じ、あなたへの揺るがぬ献身を持ち続けられますように。人を傷つけるのではなく、励まし支えるような優しい霊をお与えください。また、私の願望をあなたの御心に委ね、人生のあらゆる面で自制を働かせることができますように。

    あなたは私たちに、「御霊に歩調を合わせる」よう励ましておられます。あなたの聖なる霊の導きによって、この信仰の旅路を進むことができるよう祈ります。私があなたの道に歩み、あなたの御言葉に従って生き、あなたの力に頼る者となれますように。

    主よ、私は自分の欠点を告白し、あなたが私を赦し、変えてくださるよう求めます。自分のためだけでなく、この世であなたの愛と恵みを映し出す光として輝くために、御霊の実を結ぶ者でありたいと切に願います。アーメン。—リッチ・ビターマン [7]

    思考の糧

    「あなたがたが、わたしから学んだこと、受けたこと、聞いたこと、見たことは、これを実行しなさい。そうすれば、平和の神が、あなたがたと共にいますであろう。」(ピリピ4:9)

    「もし神に、御霊の実において成長するのを助けてくださいと祈るなら、神がそうしてくださることを100%確信できます。神は、ご自分の子どもたちがイエスにもっと似た者となるよう助けることを喜ばれます。ですから、今日、新たな力であなたを満たしてくださるよう、… 御霊の実において成長できるよう、聖霊に求めてください。」 —ラブ・ワース・ファインディング

    「だから、あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容を身に着けなさい。」(コロサイ3:12)

    「私たちは、神に選ばれ、愛され、聖別されることを望んで、聖霊の実を実践しようと努めることがよくありますが、実際にはその逆なのです。私たちが選ばれ、聖なる者とされ、選び分かたれて、今や、イエスが私たちの心に住んでくださるからこそ、私たちは御霊の実を結ぶことができるのです。」 —ケリー・ミンター


    注:
    聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。


    1 2コリント5:14.

    2 Ronan Keane, “The Character Builder” (adapted), Activated, July 2019.

    3 Rick Warren, “Sometimes the Change Is Gradual,” PastorRick.com, February 22, 2024, https://pastorrick.com/sometimes-the-change-is-gradual/.

    4 Errick Ruffin, “The Secret to Cultivating the Fruits of the Spirit: Steps to Develop a Christ-Like Character,” Medium, April 14, 2023, https://medium.com/@littlepreacher68/the-secret-to-cultivating-the-fruits-of-the-spirit-steps-to-develop-a-christ-like-character-a609d745b2ef.

    5 2コリント3:18.

    6 Max Lucado, “It’s a New Day: The Choice is Yours,” https://maxlucado.com/new-day-choice/.

    7 Rich Bitterman, “Fruits of the Spirit Prayer (Galatians 5),” Medium, September 9, 2023, https://medium.com/@richbitterman/fruits-of-the-spirit-prayer-galatians-5-d471e3e2cb2c.

  • 6月 2 他の人を励ます
  • 5月 26 キリストに従う者にとっての美徳: 自制・節制
  • 5月 19 第1コリント:第14章(26–40節)
  • 5月 12 キリストに従う者にとっての美徳: 優しさ・柔和
  • 5月 5 第1コリント:第14章(1–25節)
  • 2月 24 弟子の生き方(パート3): キリストにとどまる
  • 2月 1 第1コリント:第13章(1–13節)
  • 12月 30 第1コリント:第12章(12–30節)
  • 11月 11 第1コリント:第12章(1–11節)
   

信条

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