Rising Above Stress
September 30, 2021
引用文集
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「歴史家たちは、おそらく私たちの時代を『不安の時代』と呼ぶようになるでしょう。私たちの望みが、神と、私たちへの神の御心以外のものに置かれるとき、不安が生じるのは当然のことです。」 ビリー・グラハムが1965年にこの言葉を記したとき、50年後にそれがいかに的中することになるか、だれも予想していませんでした。
不安は、一番ましな場合でも、私たちを神との関係から遠ざけ、神が「天地の主」(マタイ11:25)であるという真理から目をそらさせます。そして最悪の場合、不安は私たちを蝕む病となって、心を支配し、思いを闇の中に突き落としてしまいます。
しかし、神が私たちに望んでおられるのは、恐れや心配や不安だらけの人生よりもはるかに素晴らしいものです。
「何事も思い煩ってはならない。」 聖書はピリピ4章で、そう告げています。「ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。」
私たちへの指示は、それで終わりではありません。この章はさらに、クリスチャンが何に心を向けるべきかを、具体的に教えています。それは、恐れでもテロでもなく、病気や死や悪でもありません。
「最後に、兄弟たちよ。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれあること、また徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい。あなたがたが、わたしから学んだこと、受けたこと、聞いたこと、見たことは、これを実行しなさい。そうすれば、平和の神が、あなたがたと共にいますであろう」(ピリピ4:8–9 強調は筆者)。
心を不安のない状態にするための第一歩は、人生をイエス・キリストに捧げることです。その一歩を踏み出した後は、イエスに思いを向け、イエスがご自身に従う者たちのために天に場所を用意しておられるという約束(ヨハネ14:2–3)を心に留めておくことが大切です。—ビリー・グラハム伝道協会 [1]
ストレスの解毒剤
ストレスは、喜びを奪う大きな要因で、主はそれから私たちを解放したいと願っておられます。ストレスは、放置しておくと健康や体力を損なう恐れがあります。また、深刻な不幸感、病気、さらには死の要因にもなります。最近のニュース記事によると、先進国における受診の75〜90%が、直接的または間接的にストレスに起因するということです。
突き詰めて言えば、信仰こそがストレスの解毒剤なのです。神への信仰と信頼があるなら、つまり、すべては神の御手の内にある、そして、神が主権を持っておられ、最終的に万事を働かせて益となるようにしてくださる、と信じるなら、多くのストレスは自然と私たちの人生から取り除かれていきます。
よくある誤解は、ストレスを「一生懸命働くこと」と同一視したり、忙しい生活ではある程度のストレスは避けられないと感じたりすることです。しかし、そうである必要はありません。次のようにすれば、一生懸命働きながらもストレスを感じずに過ごすことができます。
* バランスの取れた生活を保つ。働くべきときは働き、休むべきときは休み、何よりも、主と過ごす時間を神聖なものとして守るのです。いつもより余計に忙しい時期を経験し、休息をいくらか削らざるを得ないとしても、そのプロジェクトや期間が終わったら、必ずペースをもとに戻すようにしましょう。いつまでも同じペースを続けたり、「もう少しだけ」と無理したりしてはいけません。そういうことをしていると、速いペースへの依存という不健康な状態になりかねないのです。
* 重荷は主に負っていただく。主があなたに求めておられる務めに取り組み、自分の役目を果たしましょう。ただ、その役目を正しく捉えることが大切です。あなたの役目は、あらゆる問題を解決し、すべてを成し遂げることではありません。すべてを主に委ね、重い荷は主に担っていただくのです。
あまりにも長く重荷を負い続けていると、それはいずれストレスの原因となります。しかし、ストレスの多い状況にあるからといって、必ずしもストレスを感じる必要はありません。状況にどう反応するかは、あなた自身が選べるのです。霊の内で、重荷を下ろすことを学びましょう。
ストレスに屈しないためのバランスとは、主がすべてを支配しておられ、主のタイミングこそが最善であることを心に留め、自分で重荷を背負うのではなく、それを主の力強い肩にいかに効果的に委ねられるかを見極めつつ、主への強い信仰と信頼を持っていることです。本来、あなたが自分ひとりで重荷を背負うようには、定められていません。
一度で完全にストレスに打ち勝つことは、ありえません。私たちは人間であり、物事にストレスを感じるのはごく自然なことだからです。しかし、ストレスがやって来るたびに、それを主への信頼に置き換えることで、信仰と平安がもたらされるので、そのようにストレスを乗り越えていくことができます。主はこう約束されました。「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」(マタイ11:28–30)。—マリア・フォンテーン
対ストレス戦略
私たちは、なぜストレスを感じるのでしょうか。その原因は数えきれないほどあります。ストレスの主な要因として、仕事、経済状況、人間関係、健康、そしてメディアによる情報過多が挙げられます。では、聖書的な観点から言って、ストレスにどう対処すればよいのでしょうか。クリスチャンも、人生の落とし穴を免れるわけではありません。ストレスは、病気のとき、疲れ果てたとき、圧倒されて感じるとき、責任を抱えすぎたとき、悲しみに暮れているとき、状況が手に負えなくなったとき、セーフティネットが機能せずに私生活が崩れたとき、人間関係が崩壊したとき、基本的なニーズが満たされていないときに、襲ってくる傾向があります。
私たちはキリストに従う者として、神が主権者であり、私たちの人生を御手に収めていて、豊かな人生を生きるために必要なすべてを私たちに与えてくださったと信じています。しかし、ストレスが私たちの生活を支配するのは、神を信頼する力を失ったからではないことも、理解する必要があります。そうなるのは、ストレスに対抗するための戦略を備えていなかったからなのです。聖書が、罪と戦うための様々な方法を教えているのと同じように、私たちには、ストレスに対処するための戦略も必要です。…
AA(アルコホーリクス・アノニマス)の12のステップに詳しい人なら分かるように、ストレスに立ち向かう第一歩は、問題があると認めることです。時には、そうやって認めるのは容易ではなく、かろうじて持ちこたえているといった状態のこともあるでしょう。しかし、ストレスを感じていると認めることで、追い込まれた感覚から解放されるのです。とは言え、そうするには自分に対して正直になる必要があります。ストレスを無視したり、無理に押し通したりすると、予想もしない、あるいは対処しきれない形で、重大な悪影響が出てきます。そうならないために、へりくだって、神のもとへ行く必要があるのです。…
また、毎日御言葉に親しむ習慣をつけなければなりません。それには、毎日神と語り合うことも含まれており、どちらもストレスに立ち向かう上で不可欠です。それにより、神の言葉を知るだけでなく、それを用いてストレスと闘うことができるようになります。聖書には、私たちのストレスや不安、恐れを追い払うことのできる御言葉が満ちあふれています。
ストレスの原因がよく分からない場合は、以下のように自問してみてください。
- 私のストレスの主な要因は何なのか。
- 私の人生でストレスを引き起こしている問題について、どれくらいの頻度で祈っているだろうか。
- 仕事、経済状況、健康、人間関係、将来について、私はどのように神を信頼しているだろうか。
このように自問することは、私たちの生活の均衡を乱すストレス要因に対する霊的・精神的・感情的な反応を見直す助けになります。
さて、ストレスを、私たちの人生に良い影響を与えるものとすることも可能です。ストレスの最初の兆候は、私たちが本来あるべきように神に寄り頼んでいない、という警告となる場合があります。私たちが仕えている力強い神は、日々の暮らしの些細なことも大きなことも、真に気にかけてくださっていることを覚えていましょう。—ヘザー・リグルマン [2]
考え方を変えてストレスを軽減する
考え方を変えない限り、人生のストレスを減らすことはできません。私たちのストレスは外から来るのではなく、内側から生じるのです。
あなたの心は、神から与えられた特別な贈り物です。100兆以上の思考を蓄えることができるし、膨大な量の情報を処理することができます。神は、そういったあらゆる情報の中から、何について考えるかを選ぶ自由を与えてくださいました。
聖書には、こうあります。「最後に、兄弟たちよ。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれあること、また徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい」(ピリピ4:8)。
パウロは、何を考えるかは自分で選べるのだと教え、正しいことを考えるよう勧めています。私たちが心に取り入れるものは、生き方に影響を与えるのです。
私たちの多くが日常的にどんなことを考えているかを考慮してみれば、ストレスを感じるのも不思議ではありません。多くの人は、クリスチャンでさえ、何でもかんでも心に入れてしまっています。… あなたが考えることは、感情に影響し、感情は行動に影響します。自分の心を守りましょう。正しいことに心を向けていましょう。
ピリピ4章8節は、そういった良いことに心を留めるよう教えています。パウロは、私たちが意識的に選択する必要があると言っているのです。心のチャンネルを切り替えましょう。その節に記された特徴に合致するものだけを受け入れるのです。
そうすると、何が起こるでしょうか。一つ前の節で神が約束されていることが実現します。「そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう」(ピリピ4:7)。
それは、十分に価値があることだと思いませんか。—リック・ウォレン [3]
2021年9月アンカーに掲載 朗読:ジェリー・パラディーノ 音楽:マイケル・ドーリー