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  • 聖書の存在意義

    The Bible’s Purpose
    March 17, 2026

    引用文集

    オーディオ所要時間: 15:42
    オーディオ・ダウンロード(英語) (14.3MB)

    聖書は神から与えられたかけがえのない贈り物であり、私たちには、その目的を理解するだけでなく、それを活用して、助けを切実に必要としているこの世界に神の栄光をさらに広めていく責任があります。

    聖書は史上最も多く翻訳され、広く読まれてきた書物です。しかし、なぜ聖書は書かれたのでしょうか。神は多くの理由によってその著者たちを導かれましたが、その中には、ご自身の民への知識と励ましを与えるという目的もありました。では、聖書の目的について詳しく見てみましょう。

    聖書は神の民に「知らせる」ために書かれました。神は時の初めから奇跡に満ちた物語を織り成してこられました。… クリスチャンとして、私たちは神の物語をより深く知るために聖書を読み解きます。

    例えば創世記では、神はエデンの園におけるアダムとエバの物語を通して、自由意志と人間の堕落について教えておられます。この物語から、私たちにも自由意志があり、神は私たちがご自身を選ぶことを望んでおられることを学びます。また、私たちの罪深い性質がどこから来るのか、そしてそもそもなぜ私たちにイエスが必要なのかを理解することができます。…

    新約聖書では、イエスが地上におられた時の出来事が記されています。そして、その中にはキリスト教信仰の核心である福音のメッセージという重要な物語も含まれています。また、聖書のこの後半部分には、使徒たちが仲間のクリスチャンたちに宛てて書いた多くの手紙も収められています。イエスの弟子たち自身もさまざまな苦難を経験しており、彼らの言葉は他の人々を励まし、霊感する助けとなります。…

    聖書はイエス・キリストにある救いの信仰を可能にします。聖書の中心にあるのは福音のメッセージです。旧約聖書に収められた書を通して、私たちは人間の罪深い性質を見ることができます。そして、神との正しい関係を正すには、犠牲が必要であったことを学びます。神はその犠牲として、ご自身の御子イエスを遣わされました。使徒ヨハネはヨハネ1:12でこう記しています。「しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。」

    イエスとその物語を信じる時、私たちは神の子どもとなります。神の相続人として、私たちは地上で生きる日々の中で共にいてくださる聖霊を受けます。そして、この世での生涯が終わる時、私たちはキリストと共に勝利をもってよみがえり、永遠を主と共に過ごすのです。

    聖書には多くの目的があります。それは、時の始めからの神の言葉と物語へと私たちを直接結びつける道です。その物語を通して、私たちは神がどのような方であるかを知ります。私たちは聖書の力と真理に支えられ、苦しみを経験した人々によって励まされます。神の言葉は福音のメッセージを伝え、神に従う者たちがいかにして永遠に神との交わりへ招かれているかを教えてくれます。

    2テモテ3:16–17で、パウロはこう書いています。「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである。」 神は、ご自身の民がこの世界で助けを必要とすること、そして私たちだけではこの世を歩んでいけないことをご存じでした。そのため、神は私たちに御言葉という贈り物を与えてくださったのです。—ジェナ・ブルック・カールソン [1]

    史上最も重要な書物

    聖書は、これまでに書かれた中で最も重要な書物です。それは、私たちが生きている世界そのものを形作ってきた、極めて重大な歴史的出来事についての目撃証言だからです。もし聖書が存在せず、そこに記された出来事が起こっていなかったとしたら、西洋世界だけでなく東洋世界の大部分も、今日とはまったく異なる姿になっていたことでしょう。

    聖書に記された出来事は、これまで地球上に生きてきた人々のかなりの割合が、世界史上最も重要な出来事であると認めていると言っても過言ではありません。聖書は、人類が今後知ること、あるいは成し遂げることのほとんどすべての土台となっています。また、大規模な慈善活動や善意に基づく取り組みを生み出してきました。聖書ゆえに、壮大なプロジェクトが着手され、病院が建てられ、無数の人々が食べ物や衣服を与えられ、孤児院が設立されてきました。…

    聖書は、古代において最も多く写本が作られた書物です。約1500年にわたって執筆され、およそ2000年前に完成しました。しかし、それ以来何世紀もの時が経ちましたが、その内容に誤りがあると証明されたことは一度もありません。

    聖書は、膨大な古代写本をもとに、現代および過去数世代にわたる優れた学者たちによって精査され、原語から直接、現在の形へと翻訳されてきました。そして、知られ、現存するあらゆる言語へと翻訳されています。

    聖書はごく細部に至るまで驚くほど正確です。翻訳された内容は、著者たちの原文に可能な限り忠実なものとなっています。聖書全体のうち、原文について疑わしい点はごくわずかな単語(ごくわずかで取るに足らない割合)に限られており、そのいずれの箇所も聖書のメッセージに影響を与えるものではありません。さらに、これまで知られていなかった古代写本の発見によって、聖書の内容はますます高い精度で確認され続けています。

    聖書は、歴史上どの書物よりも多く吟味され、研究され、注解され、分析されてきました。聖書について書かれた書物を積み重ねれば、空に届くほどになるでしょう。

    また、考古学、地理学、風習、政治、文化、世界史、他の古代文献など、外部の事実によって検証可能な部分については、あらゆる面で正確であることが確認されています。…

    聖書は、その明確な教えによって多くの人々を抑圧から解放してきました。そして、すべての人間の尊厳と権利を高めてきました。これはまさに驚くべき、類まれな書物であり、一人ひとりの価値と尊厳について明確に教えています。… 聖書はすべての人のものであり、あらゆる文化、人種、民族の人々によって古くから受け継がれてきました。 … それは、すべての時代、すべての場所に生きる人々に向けられたメッセージであり、日々の生活に深く関わるものなのです。—ダニエル ・P・ブッタフォーコ [2]

    人生の旅路のコンパス

    聖書には、神がご自身について明かされた啓示や、人類への愛、救いの方法、神が人類と持ちたいと願っておられる関係についての啓示が記されています。また、どうすれば神を喜ばせる生き方ができるかについての指導もあり、それは、神と他の人たちと調和して生きる、幸せで充実した、生産的な人生の基盤でもあります。私たちは聖書の中で、神によって明かされた真理を学び、それに倣って人生を送ることができるのです。

    神から私たちへの指針である神の言葉の中に、私たちは聖書に基づく原則、霊的な原則を見いだします。そして、それが私たちの人生のコンパスとなり、毎日の生活の難題に立ち向かえるよう助けてくれるのです。神の言葉は、他の人との相互関係や私たちが下す決断における導きとなり、正誤の違いを知るのを助けてくれます。これらの霊的な原則は、私たちの道徳的基準や倫理感に方向性を与え、また、人生や愛、世界、環境、人間関係に対する私たちの姿勢に方向性を与えます。聖書は、すべての人が人生において直面しうるあらゆる状況を具体的に扱ってはいませんが、神が喜ばれる方法によって、人生で遭遇する複雑な状況を切り抜けるのに必要な原則を与えてくれます。

    これらの霊的原則は、人生という旅路にあってコンパスの役割を果たすべきものです。自分は賢明な良い決断を下せる、また、人生やその他の事柄について正しい態度を持つことができる、という確信を持って人生の難題に立ち向かうのを助けてくれるのです。また、障害となるものや対立に直面した時にどう反応すべきかを示し、岐路に立った時に、どの方角に行けばいいかを教えてくれます。

    神との関係、そして私たちの人生における神の臨在と、御言葉の導きは、私たちが神のみ旨に沿った人生を生きる力を与えてくれるのです。—ピーター・アムステルダム

    単なる格言集ではない

    神が教えてくださらなければ、私たちは神について決して知り得ないことが数多くあります。聖書は、神が人類に対してご自身を明らかにされたものです。また聖書は、私たちが何者であるかも教えています。そこには、私たちの罪と、イエス・キリストにおける神の救いの計画が記されています。… 聖書は、信じる者に救いの確信を与えます。「これらのことをあなたがたに書きおくったのは、神の子の御名を信じるあなたがたに、永遠のいのちを持っていることを、悟らせるためである」(1ヨハネ5:13)。…

    イエスは、石をパンに変えるようサタンに誘惑された時、こう答えられました。「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」(マタイ4:4)。イエスは、神の言葉が肉体の食物よりも重要であることを宣言されただけでなく、神の言葉を引用してサタンの誘惑を退けられたのです。…

    聖書は、フォーチュンクッキーから取り出すかのように都合よく引用できる格言を集めたものではありません。… 聖書は一つのまとまりのある書物であり、文脈を踏まえて慎重に読み、学ばれなければなりません。人生において神に喜ばれたいと願うクリスチャンは、神の言葉という霊的な糧を日々摂り入れる必要があります。—GotQuestions.org [3]

    聖書は不可欠

    神は、受肉された御言葉と同じように、書き記された御言葉をも不可欠なものとされました。神の究極の目的を成し遂げるために、キリストは不可欠であり、同時に聖書も不可欠なのです。聖書はキリストほど栄光に満ちたものでも、究極的なものでも、根本的なものでもありません。しかし、その両方が必要不可欠です。

    もし書き記された御言葉がなければ、つまり神がどのような方であり、何をなさったのかが説明され、それが保存されていなければ、神についての救いに至る知識も、新しく生まれることも、信仰も、神の栄光を見て味わうことも、赦しの体験も、人生の変革も存在しません。そして最終的には、御子キリストのために完成され、美しく整えられた花嫁も、父なる神を熱烈に礼拝する家族も、存在しないのです。

    創造の究極の目的、聖書が霊感によって与えられた究極の目的、そして私たちが聖書を読む究極の目的とは、神の無限の価値と美しさが、あらゆる民族、言語、部族、国民の中から、キリストの血によって贖われたキリストの花嫁の永遠の礼拝の中で高くあがめられることです。神が私たちに御言葉を与え、それを今日まで守り伝えてくださったことに、私たちはどれほど感謝すべきことでしょうか。—ジョン・パイパー [4]

    2026年3月アンカーに掲載 朗読:ジョン・ローレンス 音楽:ジョン・リッスン


    1 Jenna Brooke Carlson, “What Is the Purpose of the Bible?” Christianity.com, August 29, 2021, https://www.christianity.com/wiki/bible/what-is-the-purpose-of-the-bible.html

    2 Daniel P. Buttafuoco, “Five Reasons why the Bible is

    the most important Book on Earth,” The Pocket Testament League, 2013, https://members.ptl.org/alive/whyscripture.php

    3 “What is the purpose of the Bible?” GotQuestions.org, January 4, 2022, https://www.gotquestions.org/purpose-of-the-Bible.html

    4 John Piper, “The Ultimate Goal of Reading the Bible,” DesiringGod.org, September 23, 2016, https://www.desiringgod.org/messages/the-ultimate-goal-of-reading-the-bible

  • 6月 4 弟子の足を洗う
  • 5月 31 ストレスを乗り越える
  • 5月 27 礼儀正しくあることの大切さ
  • 5月 23 金を借りた二人の人のたとえ
  • 5月 19 信仰とは何か
  • 5月 15 試練の時に勝利を収める
  • 5月 11 霊的生活に投資する
  • 5月 7 友情について想う
  • 5月 3 命を選ぶ
   

ディレクターズ・コーナー

信仰を築く記事と聖書研究

  • 他の人を励ます

    [Encouraging Others]

    June 28, 2022

    「励ましは、魂のパン種。重く沈んだ心を持ち上げ、しぼみかけた希望を膨らませ、心が持つ可能性を前向きな形で目覚めさせます。また、それを与える側に対しては、目を開かせ、他者の中に宿る神聖な輝きに気づかせてくれるのです。」[1]

    励ましは、神の愛を示すための重要な手段です。人が神の被造物として受け入れられ、愛され、大切に思われていると感じるとき、その人生に上昇スパイラルが生まれることによって、視野が広がり、信仰が強められ、より大きなことへと突き動かされるようになります。

    親しい同僚が、他者の持つ良い点を、あらゆる機会を捉えて心から認めることの重要性を改めて実感した、という証を分かち合ってくれました。彼女から来た手紙は、ある言葉の引用から始まっています。

    「誰かに贈ることのできるもっとも素晴らしい贈り物とは、励ましです。それなのに、自分の可能性を最大限に伸ばすために必要な励ましを十分に受け取れている人は、ほとんどいません。もし誰もが、成長に必要な励ましを受け取れたなら、ほとんどの人はその内に秘められた優れた才能を開花させ、世界は私たちの想像をはるかに超えた豊かさを生み出すことでしょう。」[2]

    この言葉を読んで、私はマリア、あなたのことを考えました。なぜなら、あなたのもっとも優れた賜物の一つは励ましの賜物だと確信しているからです。励ましは別に新しい話題ではないし、私たちはすでにそれに少し慣れてしまっているかもしれません。それでも、励ましは私たちが他者に与えることができる非常に力強いものです。私は、それは誰にとっても、頻繁に思い出す価値があることだと信じています。

    数ヶ月前、主は私の心に、友人夫婦に手紙を書くよう促されました。人々をくつろがせ、温かく迎え入れるという、彼らが持っている特別な賜物についてです。キリスト教的なもてなしや、食卓を囲む交わりについて書かれた本をいくつか読んでいる内に、他者に惜しみなく与えるという友人たちの資質に私は気づき、それが素晴らしいことだと思っていることを、伝えておくべきだと感じたのです。そういったことをするには、実際にお金も時間もかかります。彼らのもてなしは、犠牲を伴う貴重な贈り物ですが、彼らはそれを惜しみなく与えているのです。

    そこで、私は腰を下ろし、メールを書きました。すると翌日、彼らから返事が届いたのです。私のメールにどれほど心を動かされたか、また、自分たちを通してこの賜物が輝き、他者への祝福となっていることを聞いてどれほど励まされたかを伝えてくれ、私も報われた気持ちになりました。

    自分以外のクリスチャンについて考えるとき、「彼らにはイエス様という支えがあるのだから、私たちの励ましの言葉など、それほど必要ではないだろう」と思い込んでしまいがちです。しかし、多くの場合、主は私たちが必要とする愛と支えと励ましを、主にある兄弟姉妹を通して与えてくださいます。

    相手がどのような状況にいるかは、分からないものです。子どもが人生の困難な時期を過ごしているのかもしれないし、本人または家族に健康上の不安があって心配しているのかもしれません。あるいは、他者を助けようと努力したために家計が苦しくなり、今のように与え続けることが、自分の払っている犠牲に見合う価値があるのかと悩んでいるのかもしれません。

    私たちは皆、自分の賜物を用いて愛し、他者にとってのイエスであり続けるために、励ましを必要としています。それは、人生を変えるほどの影響を残すので、金よりも価値のある投資と言えます。

    マリア: 私たちは皆、誰かを励ますためにできることがあります。私は、この原則を実践する方法を見つけるのが大好きです。特に、日々献身的に尽くしながらも、正当な評価をあまり受けていない、主にある兄弟姉妹に対しては、なおさらです。ありのままの彼らのことや、主への愛を抱いていることに対して感謝していると伝えることは、その人の人生に大きな変化をもたらすことができます。

    上記の証に登場する夫婦がしたような親切や物惜しみしない行動もまた、他者に与えられる励ましの一つの形です。私たちは、神からいただいた慰めをもって、他の人々を慰めます。主にあってお互いを励まし合うとき、それは連鎖反応となって、その励ましが外へと広がっていき、数え切れないほど多くの人々に届くのです。

    ある人が、2人の若者の当座の困りごとを解決することによって、彼らがいかに価値ある存在であるかを知らせた、という素晴らしい話に出会いました。それはささやかなことから始まり、次第に大きな広がりを見せていきました。次のような話です。

    ボブという名の男性が、自分の住む小さな町に、一時的な住まいを必要としている2人の若い難民がいることを耳にしました。この十代の兄弟は、英語がほとんど話せず、家族とも離ればなれで、お互い以外に知り合いが誰もいない状況でした。

    ボブは、彼らに一時的な滞在場所を提供することを申し出ました。この若者たちが世界のどの辺りから来たのか、まったく知らなかったのですが、惜しみなく助けることを実践するのを信条としていたため、少年たちのために客間を用意したのです。

    一時的な滞在のはずが、もっと長くなり、さらに延びていきました。ボブは、彼らにパソコンの使い方を教え、中古のパソコンを見つけてきました。運転も教えました。運転免許の取得に付き添い、語学教室へも連れて行きました。中古車の購入を手伝いました。また、少年たちの国や伝統、宗教について学びました。彼らが恋しく思っている料理について教えてほしいと頼みました。その料理を作ってあげたかったからです。移民に関する法律や手続きを調べることに没頭しました。ボブは、彼らの擁護者、メンター、そして友人としての役割を担ったのです。

    ボブは彼らの就職を世話し、彼らも交際相手ができると、夕食に招いてボブに紹介するようになりました。交際相手の1人がビザの関係で母国に帰らなければならなくなったときも、ボブは彼女とその幼い息子に付き添ったのです。ボブは彼らにとって父親のような存在になり、彼らもまた息子や娘のような存在になりました。

    ボブは彼らの人生を変えました。そして彼らもまた、ボブの人生を完全に変えたのです。

    ボブは、私の祖父、ロバート・ローレンス・バリーのことです。91歳の誕生日を目前に亡くなりました。祖父が亡くなる数週間前、私たちは皆、本来なら一時的に過ぎなかったはずの滞在から始まった、この素晴らしいコミュニティについての思い出話を語り合いました。この2人の若者、そして最終的にその妻や子どもたちの人生は、1人の男性の寛大さと献身によって、これほどまでに力強く形作られてきたのです。

    祖父がこの若者たちと出会ったのは、85歳の時であり、この素晴らしい話は、5年以上にわたって繰り広げられました。人生の終盤を迎え、多くの人がペースを落として、平穏な日常に落ち着こうとする年齢なのに、祖父はそれとは正反対の道を歩みました。

    もしあなたが、「もう年だから、人の役に立ったり、誰かを大切にすることで励ましたりすることなんてできない」と思っているなら、そんなことはありません。「本当に美しい何かを築き上げるには、もう時間が足りない」と思っているなら、それも間違いです。

    遅すぎることはありません。成長するのに、遅すぎるなんてことは、絶対に、決してないのです。[3]

    マリア: 言葉や行動を通じて誰かを励ます時間を取ることは、それが大きなことであれ小さなことであれ、この世界をより良い場所にする助けとなります。たとえボブがしたようなことをするだけの余裕がなくても、私たちにできることは必ず何かあります。

    心からの励ましを日常生活の一部にすることは、他者と関わるあらゆる場面で実践できます。もしそれが誰かに、「自分は価値のある存在だ」と気づかせる助けとなるなら、「自分は愛されている」ということを思い出させるきっかけにもなるでしょう。

    もちろん、誰かイエスを知らない人がいれば、私たちの第一の目標は、その人がイエスに近づけるよう手助けすることです。しかし、何らかの理由で主のことを伝えられない場合であっても、誰かを励ますという行為は、この世界には愛があるという希望を抱かせるほどに、その人を明るい気持ちにする助けとなります。

    主はそれを、ご自身の愛の他の現れや、私たちの祈りと合わせて用い、その人をご自身のもとへと導くことができます。ですから、「小さい事の日」を軽んじてはいけません。小さな事に忠実な人は、大きな事にも忠実です。多くの巨大な歯車も、小さな軸受けの上で回っているのです。

    多くの人は何らかの形で思いやりを持ち、気配りを示すことができるので、そうした行動をあなたが認めることで、相手はさらに進んでそうしようと思うようになるでしょう。それは壁を取り払い、相手の心を開くきっかけとなります。そして、「上げ潮はすべての船を持ち上げる」という言葉があるように、あなたを含めた全員が益を得るのです。

    家族や愛する人、友人や仕事仲間、あるいは、たまたま出会った人に対しても、どうやってこれを実行できるかを探ってみてください。この励ましの原則を人生に取り入れるなら、励ましの川が、あなたを通じて他の人々の生活へと流れ込んでいくので、あなたの想像以上に大きな影響が生まれると私は信じています。


    1 著者不詳

    2 シドニー・マドウェッド

    3 出典:ショーナ・ニキスト著『I Guess I Haven’t Learned That Yet: Discovering New Ways of Working When the Old Ways Stop Working』(ミシガン州グランドラピッズ:ゾンダーヴァン社、2022年)

     

  • 5月 26 キリストに従う者にとっての美徳: 自制・節制
  • 5月 19 第1コリント:第14章(26–40節)
  • 5月 12 キリストに従う者にとっての美徳: 優しさ・柔和
  • 5月 5 第1コリント:第14章(1–25節)
  • 2月 24 弟子の生き方(パート3): キリストにとどまる
  • 2月 1 第1コリント:第13章(1–13節)
  • 12月 30 第1コリント:第12章(12–30節)
  • 11月 11 第1コリント:第12章(1–11節)
  • 11月 4 弟子の生き方(パート2): 私たちの全存在をもって神を愛する
   

信条

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