アンカー

  • 暗闇の中の希望

    Hope in the Darkness
    September 9, 2021

    マリア・フォンテーン

    オーディオ所要時間:8:32
    オーディオ・ダウンロード(英語) (7.8MB)

    ある日私は、非常に貧しい宣教地で働いているTFI宣教師からの手紙に、返事を書いていました。すると、返答を口述している内に、その人だけではなく、彼が養っている人たち宛にも手紙を書かなければ、という気持ちが押し寄せてきたのです。そこで、そのようなひどく貧しい人々は、どのように感じているのだろうかと考えました。おそらくは、食べ物にも事欠き、子どもを学校に通わせるお金も十分なく、他の多くの人が生活必需品であると考えている物の多くを持っていないなら、どう感じるだろうかと。

    私は、イエスが彼らに何かを告げたがっておられるように感じたので、事前にどう書こうかと思い巡らすこともなく、ただ書き始めてみました。以下は主が彼らに宛てて、私に与えられたメッセージです。

    希望のメッセージ

    あなたが苦しい思いをしているなら、これは、もっと良い時期が訪れるという、あなたへの希望のメッセージです。ですから、絶望したり、投げ出したりしないで下さい。あなたにより良い人生をもたらすために、命を投げ打って下さった方の愛を受け入れるなら、いつの日かあなたは、その方と一緒に、家族の一員として美しい家に永遠に住むようになり、もう二度と苦しむ必要もありません。

    確かに人生は辛く、それには疑問の余地もありませんが、様々な決断を下すのが難しいと感じる時、相談できる方がおられます。心が傷ついてしまい、傍らに座って手を握ってくれる友人が必要な時に、逃れ場となって下さる方が。不調な時も順調な時も、そばにいて助けて下さる方が。そればかりかその方は、あなたに起こるすべての悪い出来事から、最終的には益をもたらして下さるのです。

    聖書はこの方を、「悲しみの人で、深い苦悩を知っていた」と表現しています。[1] あらゆる苦しみの中でも最悪の苦しみを味わわれたその方は、あなたの心や体が最悪の苦しみを味わっている時、それを理解して下さいます。その方は、あなたが友人や相談相手、導き手や教師、また父親に求めるあらゆる資質を宿しておられます。その方とは、神の御子イエスです。

    神の愛は尽きることなく、際限がありません。最も高い山よりも高く、最も深い海よりもさらに深いのです。それは至る所に常に存在し、そのようなものは他のどこにもありません。壮大かつ荘厳で、あらゆるものを包み込みます。そしてその愛は、私たちが完全に理解することなど到底不可能なほど大きいのです。

    しかし神は、私たちがこの途方もなく大きな愛を、実際に体験することを望まれました。そこで、驚くべき創造主である神は、ある計画を講じられたのです。ご自分のすべての愛と憐れみと理解を、その御子イエスの中に詰められたのでした。それから、御子を地上に送って、私たちと同じような人生を歩ませられました。イエスは赤ん坊としてお生まれになり、地上に生きて、私たちと同じような体験をされましたが、私たちと違うのは、人であられると同時に神でもあられたということです。

    イエスの地上における使命は、十字架上で極度の苦しみを味わいつつ死んだ後に、死からよみがえり、父なる神と天の故郷に戻られた時に、全うされました。イエスは私たちの罪をその身に負って私たちをあがなうために、命まで投げ打つという究極の犠牲を払うことを厭われませんでした。私たちが罪をゆるされ、またどんなにご自分と父から愛されているかがわかるように、そうされたのです。

    「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」[2]

    この愛は、主があなたのために天国に家を準備されていることだけではなく、現世におけるあらゆる困難や難関、問題や損失、また悲惨な出来事を通してずっと、あなたと共に歩んで下さることにも表れています。

    驚くべきことに、主イエスはあなたを個人的にご存じです。あなたの名前も、すべての問題や悲しみもご存じであり、あなたがそれら一つ一つを乗り越える手助けをしたいと望んでおられるのです。

    主は常に共にいて下さり、あなたが心を開くなら、その語りかける声を聞くことができます。あなたの最高の友となり、あなたと話し続けたいと望んでおられるのです。主はあらゆる良いものや美しいものの中に宿られ、あなたがそのような良いものや美しいものを見つけられるよう、助けることがおできになります。

    たとえテントや壊れかかった小屋に住んでいたとしても、あるいは、住む場所さえないとしても、主が与えて下さる平安をあなたも感じることができます。状況がどうあれ、喜びと希望を見いだせるのです。

    主は、私たちが求めるなら、そして信じるなら、必ず答えると約束されました。自分が取るに足りない弱い存在であると感じていても、主に頼ることができるのです。神は、信じる者には何事も起こりうると約束されていますから。

    主に心を開き、主を人生の重要な一部分とするなら、答えて下さいます。あなたに語りかけ、有意義に人生を送る手助けをして下さいます。最高の友としてのイエスを信頼するなら、平安や信仰や強さを見いだすことができるのです。

    状況がどんなに困難であっても、主がすぐそばにおられ、うまく対処できるよう助けて下さると確信できます。神は常に悪いものを取り去られるとは限りませんが、それをあなたにとってもっと耐え易いものにし、直面する一つ一つの困難を乗り越えられるようにして下さいます。

    この人生を主と共に歩んだ後には、来世にも天国で、引き続き主と共に歩むことができるでしょう。最高に美しい場所に入り、そこで永遠に喜びと平安の内に過ごすのです。そこでは愛と正義が行き渡り、もう二度と傷つくことも、だまされることも、虐げられることも、つけ込まれることもありません。苦悩や貧困を味わうことも二度とありません。

    天使たちに連れられて天国へ行く時、あなたはイエスがこう言われるのを聞くでしょう。「愛する人よ、よくがんばった。私の家はあなたの家だ。さあ、入りなさい。一緒にお祝いしよう。永遠に!」

    あなたが、すべてを包み込む主の愛を知ることができますように。そして自分がどれほど主にとって大切な存在かがわかりますように。主が常にそばにいて下さるという信仰を持てますように。そしてどんな状況にあっても、あなたが主の超自然的な喜びを持つことができますように。

    イエスはあなたにこう言っておられます。「私はあなたの心の戸の外に立って、たたいている。あなたが私の声を聞いて戸をあけるなら、私はその中に入り、素晴らしい食事の時間を共にしよう。」[3] 主はあなたの人生に入って、そこをご自分の喜びや平安や慰めや永遠の救いで満たすと約束されたのです。

    あなたも、次のような簡単な祈りで、イエスに心に入って下さるようお願いすることができます。

    「イエス様、私にはあなたが必要です。私の試練も苦労も、あなたはすべてご存じです。進むべき道がわからない時にも、あなたは共にいて下さいます。私の人生には、あなたという存在が必要なのです。どうか私の心の中に入って、過ちをゆるし、あなたの聖霊で満たして下さい。アーメン。」

    初版は2019年2月 2021年9月に改訂・再版
    朗読:デブラ・リー


    1 イザヤ 53:3.〈英語ESV訳聖書より〉

    2 ヨハネ 3:16.

    3 参照:黙示録 3:20.

  • 9月 9 砂漠が、元気を回復させる泉に変わる
  • 9月 5 古い契約と新しい契約
  • 9月 1 いなくなっていたのが見つかった
  • 8月 26 直接向き合う関係
  • 8月 24 困難な時の慰め
  • 8月 13 平和を私から始めよう
  • 8月 10 もう5分だけ長く
  • 7月 19 良きサマリア人
  • 7月 11 わたしの顔をたずね求めなさい
   

ディレクターズ・コーナー

  • イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ16:13–22

    [Jesus—His Life and Message: John 16:13–22]

    July 27, 2021

    イエスはこの福音書の前の方で、弟子たちにつかわそうとしている助け主、聖霊について、このように言われました。「助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。」 [1] ヨハネ16章では、御霊の働きについて、さらに詳しく語られています。

    「けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。[その方]は自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。」 [2]

    イエスは少し前の箇所で、御霊は弟子たちに様々なことを教え、また、イエスが教えておいたことを彼らに思い起こさせると言われました。さらにここでは、御霊が彼らをあらゆる真理に導くと話されています。この「あらゆる真理」とは、彼らに伝えるよう父が聖霊に与えられた真理のことであって、人が観察や調査によって学ぶことのできる、自然界などのあらゆる科学的真理という意味ではありません。

    それからイエスは、聖霊の働きについて話されました。御霊は自分から語るのではなく、「その聞くところを語り」ます。これは、イエスについて言われていることと同様です。イエスも「自分から」語るのではありません。

    「わたしは自分から語ったのではなく、わたしをつかわされた父ご自身が、わたしの言うべきこと、語るべきことをお命じになったのである。」 [3]

    御霊は父から「聞いたこと」だけを語るし、それはイエスも同様です。

    「わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼んだ。わたしの父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたからである。」 [4]

    イエスは、将来何が起こるのかを弟子たちに知らせることができるということを、この福音書の中で示されています。

    「『わたしのパンを食べている者が、わたしにむかってそのかかとをあげた』とある聖書は成就されなければならない。そのことがまだ起らない今のうちに、あなたがたに言っておく。いよいよ事が起ったとき、わたしがそれであることを、あなたがたが信じるためである。」 [5]

    「今わたしは、そのことが起らない先にあなたがたに語った。それは、事が起った時にあなたがたが信じるためである。」 [6]

    「わたしがあなたがたにこれらのことを言ったのは、彼らの時がきた場合、わたしが彼らについて言ったことを、思い起させるためである。これらのことを初めから言わなかったのは、わたしがあなたがたと一緒にいたからである。」 [7]

    しかし、大部分において、イエスは将来を明らかにすることを聖霊に任せておられます。

    「御霊はわたしに栄光を得させるであろう。わたしのものを受けて、それをあなたがたに知らせるからである。父がお持ちになっているものはみな、わたしのものである。御霊はわたしのものを受けて、それをあなたがたに知らせるのだと、わたしが言ったのは、そのためである。」 [8]

    イエスはこうして、聖霊がイエスのものを受けて、それを弟子たちに知らせることによって、イエスに栄光を得させるのだと説明されました。イエスが「あらゆる真理」を「わたしのもの」と呼んだり、この弁護者である方が「わたしに栄光を得させる」と語ったりするのは、少し奇妙に思えるかもしれませんが、イエスはすぐにこう説明されています。「父がお持ちになっているものはみな、わたしのものである。」 つまり、聖霊は父と子の持っておられるものを受けて、それを弟子たちに知らされるわけです。三位一体の神の中に分裂はありません。父が持っているものを、子が持っており、御霊がそれを知らせるのです。

    イエスは続けて弟子たちに話しておられますが、次に言われることは少し謎めいています。

    「しばらくすれば、あなたがたはもうわたしを見なくなる。しかし、またしばらくすれば、わたしに会えるであろう。」 [9]

    この福音書の前の方でも、イエスは弟子たちにこう話されています。「もうしばらくしたら、世はもはやわたしを見なくなるだろう。しかし、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きるので、あなたがたも生きるからである。」 [10] 弟子たちはイエスが何を意味されたのか理解できないでいました。

    そこで、弟子たちのうちのある者は互に言い合った、「『しばらくすれば、わたしを見なくなる。またしばらくすれば、わたしに会えるであろう』と言われ、『わたしの父のところに行く』と言われたのは、いったい、どういうことなのであろう。」 彼らはまた言った、「『しばらくすれば』と言われるのは、どういうことか。わたしたちには、その言葉の意味がわからない。」 [11]

    イエスの言葉は弟子たちにとってかなり不可解なものだったので、いったいどういう意味だろうと戸惑っていたのです。しかし、イエスに説明を求めることなく、自分たちが困惑していることを互いに話し合いました。この福音書には、イエスの言葉の意味を弟子たちが尋ねるのをためらっている箇所が他にも幾つかあります。

    「けれども今わたしは、わたしをつかわされたかたのところに行こうとしている。しかし、あなたがたのうち、だれも『どこへ行くのか』と尋ねる者はない。」 [12]

    そのとき、弟子たちが帰って来て、イエスがひとりの女と話しておられるのを見て不思議に思ったが、しかし、「何を求めておられますか」とも、「何を彼女と話しておられるのですか」とも、尋ねる者はひとりもなかった。[13]

    弟子たちはこの謎めいた言葉について、「しばらくすれば」とイエスが言われたのはどういうことだろうと互いに論じ合いました。この2つの節(17-18)で、弟子たちは「しばらくすれば」という言葉を3回繰り返しています。

    イエスは、彼らが尋ねたがっていることに気がついて、彼らに言われた、「しばらくすればわたしを見なくなる、またしばらくすればわたしに会えるであろうと、わたしが言ったことで、互に論じ合っているのか。」 [14]

    イエスは、ご自身の言われたことにつき、弟子たちが尋ねたがっているけれど、そうしないでいることに気がついて、彼らの質問を言葉にされたのです。それから、こう説明されました。

    「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたは泣き悲しむが、この世は喜ぶであろう。あなたがたは憂えているが、その憂いは喜びに変るであろう。」 [15]

    イエスは再び「よくよく言っておく」という表現を用いて、イエスに起ころうとしていることに対する弟子たちの反応が、世が示す反応とは大いに異なるものとなることを印象付けられました。イエスは弟子たちに、これからどこかへ行くので、彼らも世も、イエスを見なくなると言われました。当然ながら、弟子たちはそのことで悲しみ、憂いますが、それは、イエスが死んで喜ぶという、世の反応とはまったく異なっています。しかし、イエスは「またしばらくすればわたしに会えるであろう」 と言われたのであり、その時こそ、弟子たちは喜ぶのです。再びイエスに会う時、彼らの憂いは喜びに変わります。

    イエスは、ご自分が言っておられることを弟子たちが理解できるよう、あるたとえを話されました。

    「女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない。ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」 [16]

    女性が出産する際、陣痛を味わいます。それをここ[英語のESV訳]では「悲しみ」と呼んでおり、他の翻訳聖書では「痛み」(NAU、NIV)、「産みの苦しみ」(NLT)と訳しています。[訳注:日本語版の引用箇所で、「苦しむ」「悲しんでいる」と訳されているものです。ヨハネ16:20-22で使われているこの言葉は、日本語訳聖書では、「悲しみ・悲しむ」「苦しみ・苦しむ」「苦しい思い」「憂い」「不安」などと訳されています。]

    イエスは、母親の出産前の心の状態と出産後の心の状態を対比されています。出産中、妊婦は激しい痛みを感じますが、その苦しみは、子どもが生まれた時に喜びに取って代わられます。イエスは、弟子たちがまもなく経験することをたとえて、そう言われました。イエスが彼らから取り去られ、十字架にかかる時、彼らは泣き悲しみ、憂いに満たされることでしょう。しかし、復活のキリストに会った時の喜びは、彼らが感じた悲嘆をはるかに上回るものとなります。

    ある人は、この節について、他にも興味深い見解を述べています。

    ほとんどの母親は、「子供が生まれると・・もはやその苦痛を思い出さない」という主張は正確ではない(福音書作家が男性だからそう書いたのだろう)と異議を唱えることでしょう。しかし、この言葉は文字どおりの意味で言われたのではありません。単に、いずれ訪れる「喜び」 は、その前の「悲しみ」や「苦しみ」を味わうだけの価値あるものだということを伝えるための言い方に過ぎません。[17]

    イエスは弟子たちに、彼らは深い悲しみを味わうけれど、イエスは再び彼らと会うし、その時に彼らの心は喜びに満たされる、と言われました。イエスはおそらく、復活後に彼らに現れることを話されていたのでしょう。ある人は、次のように述べています。

    その時の弟子たちの喜びは、いつまでも続く喜びとなります。弟子たちがその時に持つ喜びを奪い去る者は、誰もいません。言うまでもありませんが、それは、信者たちが決して悲しみを味わうことはないと言っているのではありません。そうではなく、彼らが十字架の意義を理解するに至った時、深く根ざした喜び、この世に左右されない喜びが、彼らをとらえて離さなくなるということです。[18]

    (続く)


    注:

    聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。


    参考文献

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    1 ヨハネ 14:26.

    2 ヨハネ 16:13.

    3 ヨハネ 12:49.

    4 ヨハネ 15:15.

    5 ヨハネ 13:18–19.

    6 ヨハネ 14:29.

    7 ヨハネ 16:4.

    8 ヨハネ 16:14–15.

    9 ヨハネ 16:16.

    10 ヨハネ 14:19.

    11 ヨハネ 16:17–18.

    12 ヨハネ 16:5.

    13 ヨハネ 4:27.

    14 ヨハネ 16:19.

    15 ヨハネ 16:20.

    16 ヨハネ 16:21–22.〈新共同訳〉

    17 Michaels, The Gospel of John, 844.

    18 Morris, The Gospel According to John, 627.

  • 9月 10 イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ16:1–12
  • 9月 7 イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ15章:もしこの世があなたがたを憎むならば
  • 8月 17 イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ15章:わたしの愛のうちにいなさい
  • 8月 12 イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ14章:わたしは父のもとに行く
  • 8月 3 イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ14章:助け主
  • 7月 31 主はどのようにあなたを見ておられるのか
  • 7月 28 イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ14章:道、真理、命
  • 7月 16 イエス、その生涯とメッセージ:弟子の足を洗う(パート3)
  • 7月 9 イエス、その生涯とメッセージ:弟子の足を洗う(パート2)
   

信条

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  • 私たちの基本的な信条は、おおむね世界中の他のクリスチャンの信条と同じものですが、従来の考え方にとらわれない教理も幾らかあります。イエスは、神を愛し、自分を愛するように隣人を愛することに「律法全体と預言者とが、かかっている」と言われましたが、このイエスが教えられた「神の愛の律法」という基本的な原則を適用することが、私たちの人生と信条の重要な側面となっています。

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