• 私にできることは、今できますように

  • 私たちが神を愛するのは、神がまず愛してくださったから

  • 私は世の終りまで、いつもあなたと共にいる

  • 神のおられるところに愛がある (1ヨハネ4:7-8)

  • 神の内にある希望が魂の錨

アンカー

ユーザーフレンドリーなデボーション記事

  • 思い起こすようにとの呼びかけ

    The Call to Remember
    April 21, 2026

    オーディオ所要時間: 13:37
    オーディオ・ダウンロード(英語) (12.4MB)

    わたしは主のみわざを思い起す。わたしは、いにしえからのあなたのくすしきみわざを思いいだす。わたしは、あなたのすべてのみわざを思い、あなたの力あるみわざを深く思う。—詩篇77:11–12

    私が聖書を読んでいて特に強く感じるテーマの一つは、「思い起こすこと(覚えていること)」の大切さです。聖書全体を通して、神はご自分の民に、ご自身の恵みを思い起こすよう繰り返し語りかけておられます。

    レビ記では、神はイスラエルの民に、毎週、そして毎年、神を思い起こすための定期的な習慣を定められました。例えば安息日は、神が七日目に休まれたことを毎週思い起こすための日でした。また過越の祭りは、神がイスラエルの民をエジプトから救い出されたことを毎年思い起こすための祭りでした。…

    詩篇全体を通して、ダビデをはじめ多くの作者たちは、神のなさった御業と驚くべき奇跡を深く思い巡らしています。そして読者にも、神がこれまで示してくださった真実と誠実さを思い起こし、その恵みに心を留めるよう勧めています。とりわけ印象深いのは、最後の晩餐でイエスは、ご自分を記念するためにパンと杯を受けるよう弟子たちに命じられたことです。

    このように、神はご自分に従う者たちが「神を思い起こす民」となることを望んでおられるのは明らかです。神の恵みを思い起こすことには、計り知れない力があります。

    イスラエルの民は、主とその恵みを何度も何度も忘れてしまいました。彼らは、主を忠実に思い起こす時期と、主を忘れてしまう時期を繰り返していたのです。そして神を忘れるたびに、彼らは偶像崇拝と抑圧の虜となってしまいました。

    ああ、そのイスラエルの姿に、私は自分自身の心を見る思いがします。神が私のためにしてくださったことを、私はあまりにも簡単に忘れてしまうのです。… 私は、失望や苦しみにばかり目を向けている時ほど、不安に陥りやすいことに気づきました。…

    しかし、人生における神の恵みを思い巡らす時には、まったく逆のことが起こります。生まれた日から今日に至るまで、神が私を導き、支え続けてくださったことに気づきます。困難な時期を神が共に歩み、私を支えてくださったこと、そしてその中で私の心を成長させてくださったことを思い出します。また、人生のさまざまな時期に、神が深く意味のある人間関係を与えてくださったことにも心を打たれます。そして何よりも、神が無条件に私を愛し、私の罪を赦してくださったことを思い起こします。…

    私は毎日の終わりに、その日一日を振り返り、神の恵みと慈しみを示してくださいと祈るようにしています。それは、難しい会話を乗り越える力を与えられたことや、弱さを感じていた時に活力をいただいたこと、あるいは仕事へ向かう途中で見た霧に包まれた美しい朝の景色のような、ごく些細な瞬間かもしれません。そうした小さな出来事の中にある神の御手の痕跡を探すことで、人生全体に流れる神の恵みの大きなパターンが見えてくるのです。

    私はだいたい一年ごとに自分の日記を読み返します。そのたびに、神が人生を通してどれほど忠実でいてくださったかに心を打たれます。道に迷い、恐れを抱いていた時でさえ、当時は見えなかったところで神が働いておられたことを思い出すのです。また、神が何度も苦しみを用いて、私をご自身とのより深い親しい交わりへと導いてくださったことにも感銘を受けます。…

    どんなに困難な時でも、神は私に物事を違う視点から見るよう促してくださいます。そして、ご自分がどのような方であり、これまで何をしてくださったのかを思い起こすよう促されるのです。私は決して、それを忘れたくありません。—ハンナ [1]

    自分が何者であり、誰に属する者なのかを思い起こす

    旧約聖書には、「思い起こしなさい、覚えなさい」という呼びかけが絶えず登場します。

    申命記8章2節には、こうあります。「あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた」(新共同訳)。また伝道の書12章1節には、「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、『わたしにはなんの楽しみもない』と言うようにならない前に」とあります。そして詩篇77篇11節には、「わたしは主のみわざを思い起す。わたしは、いにしえからのあなたのくすしきみわざを思いいだす」と記されています。…

    神は「思い起こしなさい、覚えなさい」と語られます。私たちは、自分が何者であり、誰に属する者であるかを思い起こさなければなりません。では、なぜ思い起こすべきなのでしょうか。それは、過去を振り返って「昔は良かった」と懐かしむためではありません。思い起こすことによって、感謝すべきたくさんの素晴らしいことや、神がこれまでにしてくださった数々の恵みに気づかせてもらえるからです。また、その記憶は、神がこれからも私たちのために働いてくださり、「神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さる」(ローマ8:28)という信頼を鼓舞してくれるはずです。

    少し時間を取って、紙とペンを手にし、神がこれまでどこで私たちに出会い、今どこで働いてくださっているのかを書き留めてみましょう。そうすれば、私たちは人生のあらゆる側面を神に開き、神が私たちを導こうとされる場所ならどこへでも、神に身を委ねることができるでしょう。…

    信者である私たちは、心と思いを天にあるものへ向けるよう求められています。そして、イエスを人生に迎え入れた時、自分中心の古い生き方は死に、今はキリストのために生きていることを思い起こさなければなりません(コロサイ3:1–3)。そして、キリストこそ私たちのいのちであり、やがて私たちも栄光のうちにキリストと共に現されることを覚えつつ、キリストの豊かないのちを生きる者となりましょう(コロサイ3:4)。—Living Truth [2]

    神的要因(神の臨在と介入)を思い起こす

    私たちは皆、人生の中で苦難に押しつぶされそうになる時があります。困難や経済的な不安、健康上の問題に悩まされます。次から次へと障害に直面するにつれ、まるで人生が自分に対して敵対しているかのように思えてくることもあります。その結果、途方に暮れ、混乱し、神が私たちの人生のために定めてくださった善き計画さえ疑い始めてしまうこともあるでしょう。

    しかし、たとえ直面している困難が乗り越えられないように思えても、それが最終的な結論ではないということを忘れてはなりません。逆境に打ち勝つ鍵は、私たちの手の届くところにあります。それは、「神的要因」への信頼、つまり、神が私たちの人生に介入してくださると信じることです。

    イエスは弟子たちに語られました。「人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである」(マルコ10:27)。神の神聖な権威と全能の力は、どんな状況も変えることができ、私たちが目の前の試練に立ち向かうために必要な恵みも与えてくれます。神と共にあるなら、不可能は可能となります。神とその約束を信じる信仰が、状況を一変させるのです。

    神はあらゆる状況において主権を持っておられることを忘れないでください。神は奇跡の神であり、並外れた状況の神であり、不可能を可能にする神です。そして、どんな暗い谷を歩む時にも、私たちと共に歩いてくださる神です。これは希望的観測ではありません。現実の中で信仰を働かせ、全能の神が「共に働いて、万事を益となるようにして下さる」のを目の当たりにすることなのです(ローマ8:28)。—ガブルエル&サリー・ガルシア

    「記念しなさい」という絶え間ない促し

    「わたしを記念するため、このように行いなさい。」 —ルカ22:19

    「記念しなさい(思い起こしなさい、覚えなさい)」という呼びかけは、単に「過去の出来事を忘れないように」という意味ではありません。それは、イエスを死からよみがえらせた神の力が、決して尽きることなく、今もなお働き続けていることを覚えておくようにという促しです。神が十字架で行われたすべてのことは、今日もなお力をもって続いており、その力の範囲は絶えず広がり続けているのです。神が私たちに忘れてほしくないのは、まさにそのこと――十字架で始まったことが、今もなお続いているという事実――なのです。…

    私たちは希望を思い起こさなければなりません。主は私たちに、主の方へと目を向けるよう促しておられるからです。社会の風潮や押し寄せる困難に心を曇らせてはいけません。イエスは何度でも、あなたのいるその場所で愛を示してくださいます。そして何よりも、私たちはイエスご自身を思い起こさなければなりません。

    イエスは生きておられます。ヨハネがパトモスという小さな島に流され、将来に何の希望も見いだせなかった時、イエスは現れ、「[わたしは]生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉とのかぎを持っている」と語られました(黙示録1:18)。ハレルヤ。主に開けられない扉は一つもありません。主は今も生きておられます。…

    イエスは今も活動しておられます。ヘブル7章25節には、イエスが今も絶えず私たちのために執り成しておられると書かれています。イエスは今この瞬間も、あなたと私のために祈ってくださっているのです。

    イエスは私たちのそばにいてくださいます。エマオへ向かう道にいた弟子たちは、自分たちが抱いていたすべての希望が、背後にある街、エルサレムで絶たれてしまったと思っていました。メシアへの希望は、ゴルゴタの嵐の日の雲の中に消え去り、今や、彼の墓は荒らされてしまったのだと。彼らは、「未来にどんな希望があるのだろうか」と、いぶかしんでいました。すると、道中で一人の見知らぬ人が彼らに加わり、やがて彼らは、すべてが失われたと思っていた時にそばにいてくれたその方が、復活された救い主であることを知ったのです。

    イエスは前進しておられます。ピリピ1章6節には、「あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さる」とあります。このことを、いつも思い起こしましょう。—ジャック・ヘイフォード [3]

    2026年4月アンカーに掲載 朗読:ジョン・ローレンス 音楽:ジョン・リッスン


    1 Hannah, “The Power of Remembrance,” Grace to Be Imperfect (blog), November 9, 2019, https://gracetobeimperfect.wordpress.com/2019/11/09/the-power-of-remembrance

    2 “Remember,” Living Truth devotional.

    3 Jack Hayford, “The Constant Call to Remember,” Jack Hayford Ministries, https://www.jackhayford.org/teaching/articles/the-constant-call-to-remember

  • 7月 14 キリストの弟子になること(パート3):約束
  • 7月 10 自分の心ではなく、神に従う
  • 7月 6 キリストの弟子になること(パート2):代価
  • 7月 2 信仰にあふれたことを考える
  • 6月 30 忍耐力を成長させる(パート2)
  • 6月 26 キリストの弟子になること(パート1):召命
  • 6月 24 それは井戸だけの話ではなかった
  • 6月 20 忍耐力を成長させる(パート1)
  • 6月 16 あなたの人生のタペストリー
   

ディレクターズ・コーナー

信仰を築く記事と聖書研究

  • すべての美徳の実践

    [Practicing All the Virtues]

    December 10, 2024

    本シリーズを締めくくるにあたり、ガラテヤ5章22–23節に挙げられている9つの美徳――愛、喜び、平安(平和)、忍耐(寛容)、親切(慈愛)、善意、誠実(忠実)、優しさ(柔和)、自制――を、私たちの生活の中でどのように育み、実践していくといいのかを考えるのは、有意義なことだと思いました。

    これらの美徳を育むうえで重要な要素の一つは、主との関係です。主を愛するがゆえに、私たちは主との深い関係を築きたいと願い、その関係を強めるために時間と労力を注ぎます。そして、それには、御言葉を読むこと、祈りを通して主と交わること、イエスが示してくださった模範に従うことが含まれます。

    神が私たち一人ひとりを個人的に愛しておられることを理解すると、神が他の人々をもご自身との関係に招き入れたいと願っておられることに気づくようになります。まだ神を知らない人たちに対しても、神が揺るぎない愛を抱いておられることに気づくとき、私たちは人々に、彼らを深く愛し、彼らの人生の一部になりたいと願っている方がいることを、最善を尽くして知らせたいという思いに駆られます。全人類に対する神の愛のメッセージを伝えることが私たちの使命となり、キリストに似た者へと成長することに情熱を注ぐようになるのです。

    キリストへの愛は、私たちの心と魂と思いと力を尽くして熱心に主を愛し、主との親しい関係を育むよう私たちを駆り立てます。この愛は、イエスに似た者となり、主の性質にならい、神の愛を他の人たちに伝えようと努力することを、私たちに迫ります。それは、彼らもまた主を知るようになるためなのです。[1]

    イエスに従う者として、私たちの目標の一つは、キリストに倣うことです。私たちは主の性質と属性を身につけたいと願うし、主との関係が深まるにつれ、御霊の実が現れるようになります。私たちは神の御旨にかなった態度を示し、神の御旨にかなった道徳観を持ち、誠実さを保ち、御言葉に生きるようになるのです。イエスにもっと似た者となっていくにつれ、イエスが私たちを通して輝かれます。そしてそのとき、つまり、私たちが主に倣っている姿を他の人々が見るとき、彼らは、神の愛が実践されているのを目にする機会を得るのです。

    キリストの足跡をたどる

    アメリカの偉大な伝道者ドワイト・L・ムーディは、品性について次のような簡潔な言葉を残しています。「品性とは、暗闇の中であなたがどのような人間かということだ。」

    クリスチャンとして、私たちは皆、霊的成熟とキリストに似た者になるという面において、成長したいと願っています。最悪の瞬間の自分や罪を捨て去り、御霊の実である愛、親切、柔和、自制などを示す生き方をし、キリストの助けによって自分がなり得るどんな者にもなりたいのです。

    突き詰めて言えば、私たちはイエスのようになり、イエスが考えられたように考え、イエスが振る舞われたように振る舞いたいと願っています。聖書は、私たちがキリストの足跡をたどるよう励ましています。「神の内に生きていると言う人は、イエスがされたように人生を生きるべきである」(1ヨハネ2:6 英語NLT訳)。もっとも暗く、辛い経験をしているときでも、私たちの品性が他の人々にとって神の真理の証となることを、私たちは願っています。

    高潔な人格を築き上げ、育むことは、本や説教からは学べないし、意志力や努力だけで学べるわけでもありません。自動的に、偶然に、あるいは突然に、起こるものでもありません。また、自分自身の力や決意だけで生み出せるものでもありません。それは、私たちの生活に臨在しておられる聖霊による変革の御業であり、聖霊の実なのです。

    第1ペテロ2章21節には、こうあります。「キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。」 使徒パウロはさらに踏み込んで、神は私たちの信仰を強め、キリストに似た者へと成長させるために、問題や試練さえも用いてくださると記しています。「わたしたちは、問題や試練に遭遇したときにも、喜ぶことができる。なぜなら、そのおかげで忍耐力を養えると知っているからである。そして、忍耐は強い品性を生み出し、品性は救いへの確かな希望を強める」(ローマ5:3–4 英語NLT訳)。—ローナン・キーン [2]

    実を結ばせる神の力

    人生に必要とされる力は、単なる意志力以上のものです。神の力が必要なのです。御霊の実とは、聖霊があなたの内に住まわれるときに、神があなたの人生に与えてくださる資質であり、それは「愛、喜び、平安、忍耐、親切、善意、誠実、優しさ、自制」です(ガラテヤ5:22–23 英語NLT訳)。

    神は、どのようにして、あなたの人生に実を結ばせてくださるのでしょうか。それは、意志力によるのではありません。思い切って、「もっと忍耐強い人間になるぞ!」と言ったところで、そうなれるとは限りません。

    聖霊が内側からその実を育ててくださる必要があります。「もっと忍耐強くなるぞ。もっと愛情深くなるんだ」と言ったとしても、それはユーカリの木にオレンジをくくりつけて、「これはオレンジの木だ」と言うようなものです。そんなふうにはいきません。御霊の実は、内側からしか生まれません。神の御霊があなたを通して生きてくださることによってのみ生まれるのです。

    聖霊はあなたの人生において、どのように働かれるのでしょうか。その答えは、「徐々に」です。「主、すなわち御霊は、わたしたちをますます主と似た者とし、わたしたちは主の栄光のかたちに造り変えられていくのです」(2コリント3:18 英語NLT訳)。—リック・ウォレン [3]

    御霊の実を育む

    御霊の実を育むための最初のステップは、神に身を委ねることです。マタイ16章24–26節で、イエスはこう言われています。「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。」 神に身を委ねるとは、自分の願望や計画を捨て、私たちの人生における神の御心に従うことを意味します。

    御霊の実を育むための第2のステップは、御霊の内を歩むことです。ガラテヤ5章16–17節には、こうあります。「わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい …。」 御霊の内を歩むとは、自分の欲望ではなく、聖霊に導かれる生き方をすることです。

    御霊の実を育むための第3のステップは、キリストにとどまることです。ヨハネ15章4–5節で、イエスはこう言っておられます。「わたしにつながっていなさい[とどまりなさい(新改訳2017)]。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。」 キリストにとどまるとは、祈り、聖書を読むこと、そして礼拝を通して、キリストにつながった状態でいることを意味します。—エリック・ラフィン [4]

    *

    このシリーズにふさわしい省察になると思い、マックス・ルケードの次の記事を紹介します。私たち皆が、御霊のあらゆる賜物において成長し続け、「主の栄光を … 見つつ、栄光から栄光へと」、御霊である「主と同じ姿に変えられていく」[5] ことができますように。

    私は選ぶ

    もうじき一日が始まる。… 一人の穏やかな時間は、人類の慌ただしいペースに取って代わられる。早朝の安らぎの場は、下すべき決断や、守るべき締切に侵されていく。これからの12時間、私はこの日が与える様々な要求にさらされる。私が選択をすべきとき、それは今。ゴルゴタのおかげで、私は自由に選択できる。だから、私は選択をする。

    私は愛を選ぶ。どんな状況であっても、憎しみは正当化されない。どんな不正にあっても、恨みは正当化されない。私は愛を選ぶ。今日、私は神を愛し、神が愛しておられるものを愛する。

    私は喜びを選ぶ。… 私はどんな問題も、神に目を向ける機会としてしか見ないようにする。

    私は平和を選ぶ。赦された者として生きる。生きるために赦す。

    私は忍耐を選ぶ。世の中のやっかいさを気に留めたりしない。… 待ち時間が長すぎると文句を言う代わりに、祈る時間を与えてくださった神に感謝する。新しい任務に拳を握りしめる代わりに、喜びと勇気をもってそれに向き合う。

    私は親切を選ぶ。貧しい人に親切にする。彼らが孤独でいるから。裕福な人に親切にする。彼らが恐れているから。そして不親切な人にも親切にする。なぜなら、神が私にそう接してくださったから。

    私は善意を選ぶ。不正な1ドルを手にするくらいなら、1ドルもなしで済ませる方が良い。自慢するよりは、気づかれないままが良い。人を非難するよりは、自分の非を打ち明ける。私は善意を選ぶ。

    私は誠実を選ぶ。今日、約束を守る。私に貸しがある人に、私を信頼したことを後悔させない。仲間に、私の言葉を疑わせるようなことをしない。妻に、私の愛を疑わせるようなことをしない。そして子どもたちに、父親が家に帰らないのではと心配させるようなことをしない。

    私は優しさを選ぶ。力ずくで勝ち取れるものなど何もない。私は優しくすることを選ぶ。声を上げることがあるなら、それはただ賛美するためであるように。拳を握ることがあるなら、それはただ祈りのときであるように。何かを要求することがあるなら、それはただ自分自身に対してであるように。

    私は自制を選ぶ。私は霊的な存在だ。この体が死んだ後、私の霊は舞い上がる。朽ちゆくものに、永遠を支配させはしない。私は自制を選ぶ。酔うのは喜びだけにする。情熱を注ぐのは信仰だけにする。影響を受けるのは神だけにする。教えを受けるのはキリストからだけにする。私は自制を選ぶ。

    愛、喜び、平和、忍耐、親切、善意、誠実、優しさ、自制。今日一日、これらのことに全力を傾ける。うまくやれたら、感謝を捧げる。しくじったなら、主の恵みを求める。そして、この一日が終わったら、枕に頭をのせて休もう。—マックス・ルケード [6]

    御霊の実を求める祈り

    愛する天のお父さま、

    私は今日、深い感謝と、愛に満ちあふれた心をもって、あなたの御前に進み出ます。ガラテヤ5章で、私たちの歩みを導く御霊の実について思い起こさせてくださったことを感謝します。主よ、あなたの知恵は尊い賜物です。私はあなたの教えに従って生きる者でありたいと願います。

    主よ、どうか私の人生において、これらの実を結ぶことができるようお助けください。これらはあなたの性質を映し出すものだと知っているからです。父よ、私の心を愛で満たしてください。あなたが私を愛してくださったように、私も他の人々を愛することができるようにです。この混乱に満ちた世にあって、私が喜びを広め、平和の源となれますように。人生で出会う人々に示すべき忍耐と親切を、私に授けてください。あなたの恵みの証として、常に善を行うよう努めることができますように。

    主よ、忠実さを授けてください。逆境にあってもあなたの約束を信じ、あなたへの揺るがぬ献身を持ち続けられますように。人を傷つけるのではなく、励まし支えるような優しい霊をお与えください。また、私の願望をあなたの御心に委ね、人生のあらゆる面で自制を働かせることができますように。

    あなたは私たちに、「御霊に歩調を合わせる」よう励ましておられます。あなたの聖なる霊の導きによって、この信仰の旅路を進むことができるよう祈ります。私があなたの道に歩み、あなたの御言葉に従って生き、あなたの力に頼る者となれますように。

    主よ、私は自分の欠点を告白し、あなたが私を赦し、変えてくださるよう求めます。自分のためだけでなく、この世であなたの愛と恵みを映し出す光として輝くために、御霊の実を結ぶ者でありたいと切に願います。アーメン。—リッチ・ビターマン [7]

    思考の糧

    「あなたがたが、わたしから学んだこと、受けたこと、聞いたこと、見たことは、これを実行しなさい。そうすれば、平和の神が、あなたがたと共にいますであろう。」(ピリピ4:9)

    「もし神に、御霊の実において成長するのを助けてくださいと祈るなら、神がそうしてくださることを100%確信できます。神は、ご自分の子どもたちがイエスにもっと似た者となるよう助けることを喜ばれます。ですから、今日、新たな力であなたを満たしてくださるよう、… 御霊の実において成長できるよう、聖霊に求めてください。」 —ラブ・ワース・ファインディング

    「だから、あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容を身に着けなさい。」(コロサイ3:12)

    「私たちは、神に選ばれ、愛され、聖別されることを望んで、聖霊の実を実践しようと努めることがよくありますが、実際にはその逆なのです。私たちが選ばれ、聖なる者とされ、選び分かたれて、今や、イエスが私たちの心に住んでくださるからこそ、私たちは御霊の実を結ぶことができるのです。」 —ケリー・ミンター


    注:
    聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。


    1 2コリント5:14.

    2 Ronan Keane, “The Character Builder” (adapted), Activated, July 2019.

    3 Rick Warren, “Sometimes the Change Is Gradual,” PastorRick.com, February 22, 2024, https://pastorrick.com/sometimes-the-change-is-gradual/.

    4 Errick Ruffin, “The Secret to Cultivating the Fruits of the Spirit: Steps to Develop a Christ-Like Character,” Medium, April 14, 2023, https://medium.com/@littlepreacher68/the-secret-to-cultivating-the-fruits-of-the-spirit-steps-to-develop-a-christ-like-character-a609d745b2ef.

    5 2コリント3:18.

    6 Max Lucado, “It’s a New Day: The Choice is Yours,” https://maxlucado.com/new-day-choice/.

    7 Rich Bitterman, “Fruits of the Spirit Prayer (Galatians 5),” Medium, September 9, 2023, https://medium.com/@richbitterman/fruits-of-the-spirit-prayer-galatians-5-d471e3e2cb2c.

  • 6月 2 他の人を励ます
  • 5月 26 キリストに従う者にとっての美徳: 自制・節制
  • 5月 19 第1コリント:第14章(26–40節)
  • 5月 12 キリストに従う者にとっての美徳: 優しさ・柔和
  • 5月 5 第1コリント:第14章(1–25節)
  • 2月 24 弟子の生き方(パート3): キリストにとどまる
  • 2月 1 第1コリント:第13章(1–13節)
  • 12月 30 第1コリント:第12章(12–30節)
  • 11月 11 第1コリント:第12章(1–11節)
   

信条

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