マリーです、よろしく 私のプロフィールをご覧ください

マイ・ストーリー

カトリックの家庭に生まれ、幼い時にはイエスが大好きでしたが、ティーンエイジャーになって教会に幻滅し、じきに、自分は無政府主義者だと宣言するようになりました。アーティストになり、ヒッピー仲間に加わって、真理と真の愛を探し求めてインドに旅をしました。ボーイフレンドに捨てられた時には生きる意欲をなくしましたが、イエスが命を救ってくださいました。後に個人的にイエスを知るようになり、人生が変わりました。

ファミリー・インターナショナルに所属している理由

1970年代後半に真理を探してインドを旅していた時、ジョン(ウェールズ人のすごいギタリスト兼シンガー)に出会い、彼が、自称無神論者の私をイエスとの個人的な霊的経験へと導いてくれました。いうなれば「パスカルの賭け」をやってみたわけですが、うまくいきました! イエスは私の心を、私が求めていた愛や自由、平安、喜びで満たしてくださいました。1週間後に、過去の人生を捨てて神に従い、ファミリーに加わるように召されていると感じました。ファミリーが完璧だというわけではありませんが、その決断を後悔したことは一度もありません。

信仰をどう実践しているか

イエスの足跡にならい、主の愛を周りの人に示し、誰でも耳を傾けてくれる人には主について話すようにしています。誰かをイエスに導くことと、イエスとの時間を過ごすことを別にしたら、私の一番の喜びは、他の人に主の御言葉を教え、彼らが信仰の内に成長するのを助けることです。

経歴

1955(4月)
フランスのパリで生まれる。
1977(9月)–1978(4月)
パリでインテリア・デザイナーとして働く。
1978(7月)
インドで主に救われ、TFIに加わる。
1979(9月)
イスラマバードで将来の夫と出会う。
1980(1月)
フランスでジーノと結婚。
1980(11月)
南アメリカのペルーで宣教の仕事をし、そこで長女が生まれる。
1981(4月)–1983
チリとアルゼンチンで宣教の仕事。
1983(1月)
アルゼンチンで戦争が起こっていたのでフランスに戻る。息子のピーターが生まれる。
1985(1月)
インド亜大陸のためのメール・ミニストリーで、南インドのセンターを監督する。
1989(8月)–1990(12月)
パリのミュージック・センターと若者センターで仕事を助ける。
1990(12月)
オーストリアの国境ベースでティーンエイジャーたちを教える。そこで、2人目の娘、ナタリー・アンが生まれる。
1992(4月)–1993(10月)
ハンガリーのブタペスト。
1993(10月)–1994(12月)
スイスとベルギー。
1994(12月)
ノボシビルスク・ミュージックと人道支援センター。
1995(1月)–1997(10月)
カザフスタンのアルマトイ(児童養護施設、病院、少年院での慈善活動。全国各地で福音文書の配布)。
1997(10月)–2001(11月)
インド南部(孤児の支援活動、聴覚障害者ミニストリー、ホームスクーリング、子どものためのサマー・キャンプ)。
2001(11月)
マダガスカル(若者のためのホームスクーリングとミッション・プログラム)。
2002(4月)–2008(5月)
南アフリカ(ホームスクーリング。「プロジェクト・ホープ」のプロジェクト・マネージャーとして、AIDS患者支援。CVAのインストラクション・コーディネーター。コンゴ難民のための聖書クラス)。
2008(5月)–現在
コンゴ民主共和国のキンシャサ。親を亡くした恵まれない子ども・若者を助ける。「12の礎石」聖書コースを使って、若き地元の宣教師を訓練する。東アフリカと西アフリカでミッション・チームのコーチをする。
2011(11月)
娘のナタリー・アンが天国に召される。

宣教経験など

保育と教育
保育とホームスクーリングは、住む先々で私の主要ミニストリーとなりました。赤ちゃんから高校生まで、ほぼどの学年も教え、それが大好きでした。自分にも子どもがいますが、多くの子どもたちの養母にもなり、おかげで、多くの愛と喜びをもらいました。
個人伝道
大勢のグループに聖書クラスを教えるのも好きですが、個人レベルで信仰を分かち合うのが常に私の一番好きな事です。布教が許されていない国々に住んだこともあり、私たちが出会った人が、イエスやキリスト教信仰についてもっと知りたいという興味や関心を見せてくれると、それはいつも喜びでした。
人道支援活動・ボランティア活動
聖書には「信仰は行いを伴わなければ、それだけでは死んだもの」であると書いてあり、他の人たちの言葉にもあるように「人々が実際面で必要としているものを与えないなら、彼らがあなたの説教に耳を傾けるのは期待できません」。ですから、私は常に何らかの形で、児童養護施設や刑務所、病院などにいる、貧しい人や困窮した人たちの世話に携わったり、人道支援物資を配布したり、単に私たちが豊かに持っているものを、恵まれない人と分かち合ったりしてきました。
その他
2010年に私たち夫婦は「Espoir Congo」という自分たちのアソシエーションを設立しましたが、その活動のおかげで、この素晴らしく成果の多い宣教地にとどまって、多くの人に手を差し伸べることができています。

メンバー

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